「ミケランジェロが嫉妬した“画家の王者”ティツィアーノ―ヴェネツィアで開花したその才能と官能の世界」

上野の東京都美術館で開催中の「ティツィアーノとヴェネツィア派展」。3月号の特集記事でも展覧会の見どころをご紹介していますが、今回のMMMレクチャーでは本展の学芸員を務める小林明子さんを講師にお迎えし、“画家の王者”ティツィアーノの魅力を紐解く講座を開催しました。

 ヴェネツィア・ルネサンスを代表する画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオ。ルネサンスの三大巨匠、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロと比べると、日本では馴染みの薄い画家ですが、当日は多くの方にお集まりいただき、関心の高さがうかがえます。
「ティツィアーノは西洋美術史において、また当時の人気から考えても非常に重要な画家。後世に与えた影響も、フィレンツェやローマの画家よりもティツィアーノの方が大きいのです」

 小林さんのこうした一言から、ティツィアーノが活躍した時代を旅することになりました。ティツィアーノが活躍していた15〜16世紀のヴェネツィアは、ヨーロッパの国々と肩を並べるほどの巨大な国でした。海洋貿易や造船業をはじめとするさまざまな産業で繁栄し、フィレンツェやローマと並ぶルネサンス美術の中心地として、目覚ましい発展を遂げていきます。この頃、芸術界をリードしていたのがヴィヴァリーニとベッリーニの二大工房でした。
「父ヤコポが始祖のベッリーニ工房は、息子ジョヴァンニの時に、ティツィアーノをはじめ、16世紀のヴェネツィア派をけん引していく重要な画家が育ちました。ジョヴァンニは、優れた油彩画法と、それによって実現される写実的な明暗の表現をヴェネツィア中に広めました」
 偉大なベッリーニ工房で若き時代に修業し、その技法を会得したティツィアーノは、ジョヴァンニの死後、ヴェネツィア共和国の公認画家となります。また、注文主の要望を敏感に察知できたことで、国外でも人気の画家に成長していきました。

 本展覧会の目玉のひとつ、《フローラ》は初期の代表作です。「色彩の用い方、肌の質感、衣服の質感が巧みに描き分けられているのが素晴らしいところです。とくに筆使いや絵の具の質感を残す描き方は、ティツィアーノが初めて成し遂げました」と小林さん。一方、日本初公開となる《ダナエ》については、「ティツィアーノの代表作《ウルビーノのヴィーナス》のような作品をと、ある枢機卿に依頼されて描きましたが、実際にはそれを上回るような裸婦像が完成しました。こうした主題は、裸の女性を描くための口実。神話などの主題を用いて、いかに魅力的な裸の女性を描くかが画家の腕の見せ所でもありました」と説明をしてくださいました。
 また、小林さんはティツィアーノの人物像が分かるエピソードも披露。中でも印象的だったのは、ミケランジェロとの初対面のシーンです。
「ミケランジェロは、ティツィアーノの《ダナエ》を実際に見て『色彩と様式は大変気に入ったが、素描がなってないのが残念だ』と言ったそうです。人体のプロポーションや構図に重きを置くミケランジェロと、色彩や筆使いで魅力的な裸婦像を描くティツィアーノとでは芸術の方向性が違いますが、この発言にはミケランジェロのライバル心がうかがえます」
 こうした小林さんの丁寧な説明のおかげで、“画家の王者”と呼ばれるゆえんを知ることができました。
 展覧会は4月2日まで。後世にも多大な影響を与えたティツィアーノとヴェネツィア派の魅力を間近で体験しに、足をお運びになってください。

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