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シャトーブリアンの家―ラ=ヴァレ=オ=ルーマダムの連載の一部(10館)が本になりました。 バックナンバーを読む
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シャトーブリアンがラ=ヴァレ=オ=ルーに居を定めたとき、彼はここを終の住処とするつもりでした。そして家と庭を美しくするために浪費し、借金もしました。ギリシャ旅行に思いを馳せ、シャトーブリアン自らの設計で家の南側ファサードに黒大理石の柱2本と、白大理石のカリアティード(女像柱)2体に支えられた三角形のペディメントを建設させました。家の南面には素晴らしいテラスがあり、自ら整備した美しい庭に臨みます。樹々を愛したシャトーブリアンは、レバノン杉やギリシャのプラタナスといった珍しい品種の樹木を旅先から持ち帰っていました。植物学者としても優れた資質を持ち、そのために皇后ジョゼフィーヌ(1763-1814)から、深紅の花のマグノリアを贈られたこともあります。

見学ルートは通常、2階から始まりますが、シャトーブリアンの寝室は工事のため一時的に閉鎖されていました。ここにある古い家具は実際に彼が使っていたものではありませんが、1818年の財産目録によって、当時どんな家具が置かれていたのかが正確に分かっているので、在りし日のままの雰囲気が再現されているのです。とりわけ十字架は、彼の信仰心とキリスト教擁護の精神を思い起こさせます。暖炉の上には、ネオ=ゴシック様式の風変わりな振り子時計があります。シャトーブリアンは中世の再評価に大きな役割を果たしたことが知られています。中世がシャトーブリアンと同時代を生きた芸術家たちを魅了したことは、当時流行した有名なトルバドゥール様式に表れています。暖炉の左には、アントワーヌ・エテックスが描いたシャトーブリアンの肖像(1847年)が、右側にはサン=マロでの彼の葬儀を描いた絵画が掛けられています。1階に降りる際には、1987年に整備されたこぢんまりした図書館を通ります。シャトーブリアンやロマン主義に関する書籍が12,000冊以上所蔵されており、研究者たちはここで静かに調べものをすることができます。

1階の見学はまず食堂から始まります。食堂はこの家のサロンにあたり、シャトーブリアンと妻が催す賑やかなパーティーの舞台ともなりました。壁には、1810年代から1820年代に流行った壁紙からインスピレーションを得た、花柄のトリムボーダーのある白と緑の壁紙が貼られ、当時、好まれたセラミックのフライパンや、淡い緑色に塗られた木の椅子や肘掛け椅子が置かれています。そして、コンソールテーブルの上には、妻のセレストを描いた絵画がありますが、夫に裏切られ、愛されることのなかった彼女は悲しそうな顔をしています。窓辺に置かれたピアノフォルテとハープは、美貌のジュリエット・レカミエが主宰したパーティーを思い起こさせます。シャトーブリアンはレカミエ夫人にほのかな恋心を抱いていたようです。

エントランスホールには一風変わった螺旋階段が設けられています。これは、サン=マロの人々が臨検したブリッグと呼ばれるイギリスの帆船のものです。実際、シャトーブリアンはサン=マロの港と海に愛着を抱き続けていました。その隣には王政復古時代のモデルにもとづいて作られた壁紙を貼って19世紀風に装飾されたサロンがあります。斑入りカエデでできたシャルル10世(1757-1836)時代の家具や、当時の綴れ織りを用いた肘掛け椅子が置かれており、全体として統一されています。半月形のコンソールテーブルは非常に珍しい一品です。

隣接した小さな「青のサロン」は、ジュリエット・レカミエの思い出に捧げられています。彼女の主催する文学サロンはとても有名で、芸術家や数多の賛美者たちが集いました。画家ダヴィッド(1748-1825)が1800年に描いたルーヴル所蔵の肖像画の複製には、白いエレガントなドレスを身にまとって寝台ソファーに横たわったレカミエ夫人が描かれています。

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