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クロード・ドビュッシーの生家マダムの連載の一部(10館)が本になりました。 バックナンバーを読む
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最初の展示ケースには、両親の肖像やドビュッシーの子ども時代の写真や品々(カールした黒い髪の房など)があります。中央の展示ケースには、作曲家のサティや作家のピエール・ルイス(1870-1925)といった親友や妻と一緒に撮った写真が飾ってあります。その他の展示ケースには、杖、音叉、メトロノームといったドビュッシーの愛用品、デスマスク(1918年)と写真、オトン・フリエス(1879-1949)のデッサンをもとにした《死の床にあるクロード・ドビュッシー》があります。壁にあるアンリ・ド・グルー(1867-1930)による美しいパステル画《クロード・ドビュッシーの肖像》(1909年)もぜひご覧ください。

ふたつ目の展示室には、ドビュッシーが骨董屋や古美術商から買い、自邸に置いていた品々が展示されています。視覚芸術と音楽を結び付けたドビュッシーは、自らを取り囲むこれらの品々から直接影響を受けていたでしょう。そのうちのひとつ、柳の下を泳ぐ2匹の鯉を金と螺鈿で表した19世紀日本の漆器盆《金色の魚》は、水の動きを思わせる音色が特徴的なピアノ曲『金色の魚』の着想源となりました。鉢カバーや、18世紀末の暖炉の上に置かれた象など中国から来た品々も同様に作曲に影響を与えたでしょう。彼の机の上にいつもあったヒキガエルのペーパーウエイトは、ペレアスの祖父の名前である「アルケル」という名が付けられています。アール・ヌーヴォーを好んだ彼の美意識は、ウィリアム=アーサー=スミス・ベンソン(1854-1924)作の美しい錬鉄のオイルランプからうかがえます。

暖炉の両側には、やはりサン=ジェルマン=アン=レーに暮らしたナビ派の画家モーリス・ドニ(1870-1943)の作品が飾ってあり、ドビュッシーと同時代の芸術家たちとの交流を思い起こさせます。
私は個人的には、ドビュッシーの指揮者の衣装とストール、いくつかの楽譜(そのうち1点は手書き)を目にして、彼の存在をより身近に感じられるようで感動しました。

古典的なスタイルとの断絶を模索し、あらゆる形式主義を捨て去った革新的な作品によって、ドビュッシーはその後の音楽に決定的な影響を与えました。無限のニュアンスを持つ新しい音色を発見し、音楽にイメージや色、香り、印象を与えることで、彼は聴く人にこれまでにない感覚や感情を呼び起こそうとしたのです。そして、ドビュッシーの音楽は、メシアン(1908-1992)、武満徹(1930-1996)、デュティユー(1916-2013)といった20世紀の多くの音楽家の作品にまで新しい道を開きました。ジャズの出現に影響を与えたという専門家もいます。
独創的で反順応主義的、自由とモダニスムに燃え、音楽の古典的な規範に革命を起こした作曲家クロード・ドビュッシー。音楽を愛する皆さま、ぜひ、ドビュッシーの生家を訪ねて、その情熱的な人生と創作活動への扉を開けてみてください。

友情を込めて。

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Update : 2014.6.1

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