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インド・コロニアル様式の家具のイラストが大きなガラスケースにあります。チーク材にさまざまな色彩と金箔で装飾した天蓋のついた楕円形のベッド(インド、ナガパタム、1804年)は、ムガール美術から着想を得たヨーロッパの装飾です。なんと独創的なフォルムでしょうか。また、ルイ15世様式の家具(ソファー、チーク材の摂生時代風の整理ダンス、漆塗りの事務机)もあります。同じ展示ケースの右側には、素晴らしい四曲の屏風があります(中国南部、清、康熙帝の時代、1662-1722年)。帽子をかぶり膨らんだ半ズボンを穿いて狩りをするヨーロッパ人たちが描かれていますが、この姿は中国人たちを魅了したのでしょう。この様式の屏風は、世界に7隻しか存在しない、貴重なものです。

ジャン・ゲラール作の扇の草案(デッサン)を拡大した写真が飾られていて、広東省に最初に到達した船「アムピトリーテー号」が中国から貴重な商品を持ち帰ったことが分かります。西洋人たちにとって極めて貴重であったエキゾチックな品々──その多様なことと言ったら! 磁器や絹織物、扇、屏風、鳥籠、さらには猿などもいて、その一部はヴェルサイユ宮殿の国王に献上されました。また小さな展示室にはヨーロッパで人気のあった、金の雉や鶴といった素晴らしい磁器製の動物など、傑出した品々が展示されています。

17世紀末に至り、中国はついに開国をすることとなりましたが、それは極めて限定的な開国でした。西洋人は広東省の港には入ることができなかったのです。ここには、ヨーロッパ各国の旗が立った事務所や倉庫、ヨーロッパ人の住居などが立ち並ぶ波止場の模型があります。そして、この開国を機に、無数の中国磁器がヨーロッパにもたらされました。こうした輸出用の磁器は、ヨーロッパ人の気に入るようにヨーロッパ的な形(例えば「ブールダルー」と呼ばれる尿瓶、中国、1760年ごろ)をしていたり、版画をもとにヨーロッパのモチーフを真似ていたりしています(《ヨーロッパの音楽トリオの装飾のある青と白の皿》、中国、康熙帝の時代、1662-1722年)。植物装飾のある青磁も非常に好まれました。続いて、バラ色系の磁器と紋章のついた注文制作の磁器があります。ルイ15世の紋章のついた大皿(中国、景コ鎮、1730-1740年)は、国王の依頼により制作されたものです。

時代が下ると、日本でも輸出向けの新しいスタイルで磁器を制作し始めます。白地に三色(コバルトブルー、鉄の赤、金)でモチーフを描くのが特徴的な伊万里焼です。ナツメヤシの模様のついた大皿(日本、有田、18世紀)をご覧ください。これらの伊万里焼は、中国人にコピーされ、また後年にはヨーロッパ人にもコピーされることになります。

ロリアンからアフリカを通ってインドのポンディシェリや中国の広東まで──。東インド会社博物館で大海洋貿易時代の航路をたどった来館者は、そのめくるめく世界に目を見張ることでしょう。ヨーロッパ東インド会社によるアジアとの貿易は、驚くべき組織力によって展開されました。そして、ヨーロッパの人々が新しい品々(中国の扇子)や新しい素材(漆、磁器、中国の壁紙、インドの綿織物やモスリンなど)、新しい味(スパイス類)、そしてコーヒーや紅茶に出会い、これらを愛好するようになったのです。東インド会社は国際貿易と、そしてつまりはグローバリゼーションの起源なのです。

友情を込めて。

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Update : 2019.12.2

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