『アルベルト・ジャコメッティのアトリエ』 南仏コート・ダジュールのミュゼレポート
  ロダン以後の彫刻の歴史に大きな足跡を残したアルベルト・ジャコメッティのかつてないほどの大規模な回顧展が、今秋よりポンピドー・センターで開催され、フランス国内外で話題になっています。6年前に行われた生誕100年展をはじめ、ジャコメッティの回顧展は世界の都市で度々開催されてきましたが、600点を超える出品作のほとんどが、パリのアルベルト&アネット・ジャコメッティ財団所蔵の未発表作品で構成された今回の展覧会は、まさに初めての試みです。さらに、石膏像を始めとする希少な作品が数多く出品されていることも、本展覧会が注目を集めている理由のひとつといえるでしょう。ジャコメッティの息遣いまでもが伝わってくるかのような特別展のレポートをいち早くお伝えします。
©Yoshiko OKAMURA  
パリに生きた ジャコメッティ ジャコメッティの アトリエから ジャコメッティが こだわった世界観
小さなアトリエで創造された 偉大な作品たち
 さて、前述の通り実際のアトリエは、ポンピドー・センターの明るい展示室とは異なり、はるかに狭く薄暗い空間でした。しかしながら、ジャコメッティがアトリエで過ごした膨大かつ濃密な時間、そこで行われた長い探求と思索、その結果生み出された作品などを思い描くと、この開かれた空間こそがやはりふさわしいのではないでしょうか。この広がりこそが、彼がアトリエの中で見た世界を推し量るに足るものだと思えてくるのです。
 ジャコメッティは生前、次のような言葉を残しています。
 「小さな空間さえあれば。非常に大きな作品を作る時でもそうだ。大きな作品を作るために大きなアトリエがいるという人がいるが、それは間違っている。大きな作品のために必要なものは小さな作品のために必要なものと全く同じだ」(矢内原伊作『ジャコメッティとの会話』彩古書房)
 事実、この小さな空間で、ジャコメッティはニューヨークの摩天楼に囲まれた広場に設置するための巨大な作品を制作しました。このプロジェクトは残念ながら実現しませんでしたが、本展覧会ではその際に生み出された≪立っている女≫や≪歩く男≫、≪大きな頭部≫が出品されています。
 
アトリエから見えてくる 父が伝えた芸術への想いと哲学
 さて、ジャコメッティの終生の住居兼アトリエがあったイポリット・マンドロン通りとは、どのようなところだったのでしょうか。さまざまな証言によると、当時のパリの中でも貧しい界隈であり、小さな工場や材木置き場が立ち並んでいたといいます。そして、46番地の建物も、アトリエ用に建てられたとはいえ、採光など考えられていない物置きのような造りであったそうです。しかしジャコメッティは、後年裕福になってからも、住居とアトリエを変えることはありませんでした。おそらくそのことに多大な影響を与えたのは、画家であった父ジョヴァンニであったのではないでしょうか。
 ジョヴァンニ・ジャコメッティは、当時のスイスにおける高名な画家の一人でしたが、青年時代の数年間をパリで過ごした以外は、終生スイスの山間の小さな村スタンパを離れることなく、制作に励みました。幼いアルベルトは、家畜小屋を改造した父のアトリエで絵画の手ほどきを受け、芸術家への扉を開いたのです。たとえ世界中を歩き回らなくとも、どんな環境に身を置いていても、世界の本当の有り様をつかむことは可能である、ということを父は息子に語らずとも伝えていたのかもしれません。
 本展覧会では、その父をモデルにした彫刻、そして父が描いた、生まれたばかりの愛らしいアルベルトの肖像も見ることができます。
 さらに本展覧会では、ほとんど初公開ともいえる室内装飾家としての仕事をまとめて紹介した展示室や、ジャコメッティが晩年に手がけたスカーフの展示室も見逃せません。とりわけ油彩によるスカーフの原画などは、ほとんどグリザイユの作家とみなされているジャコメッティの優れた色彩感覚を伝えてくれるものでしょう。
 未発表作品で構成された今回の回顧展を訪れれば、きっと新たなジャコメッティ像が浮かび上がるはずです。
 
パリに生きた ジャコメッティ ジャコメッティの アトリエから ジャコメッティが こだわった世界観
文:岡村嘉子(Yoshiko OKAMURA)
筆者プロフィール:
千葉大学大学院修士課程芸術学専攻修了。メゾン・デ・ミュゼ・ド・フランススタッフ。美術史家。専門はアルベルト・ジャコメッティ。
 
ページトップへ
 
ポンピドー・センター
所在地
 
75191 Paris Cedex 04
Tel
 
+33(0)1 44 78 12 33
URL
 
http://www.cnac-gp.fr/
開館時間
 
11:00-22:00
美術館および展示室:11:00-21:00
(カウンターは20:00まで)
休館日
 
火曜日、5月1日
入館料
 
受付、カウンター、および当日プログラムにて案内。美術館は18歳未満および毎月第一日曜日は無料。
アクセス
 
メトロ ランビュトー(Rambuteau)、オテル・ドゥ・ヴィル(Hotel de Ville)、シャトレ・レ・アル(Châtelet-les Halles)各駅下車。
入館料
 
「アルベルト・ジャコメッティのアトリエ」
2007.10.17-2008.2.11 10€
MMFで出会えるジャコメッティ
MMFインフォメーション・センターでは、今回ご紹介した展覧会「アルベルト・ジャコメッティのアトリエ」展のカタログをはじめ、ジャコメッティに関する書籍や図版を閲覧いただけます。
 

*情報はMMMwebサイト更新時のものです。予告なく変更となる場合がございます。詳細は観光局ホームページ等でご確認いただくか、MMMにご来館の上おたずねください。