ルーヴル美術館 カルコグラフィー工房

カルコグラフィーができるまで2

原版にインクを塗る作業

 インクの用意が整ったら、ローラーを使い原版の表面にインクを満遍なく広げ、さらに皮のバレンで丁寧に版の奥までインクを刷り込んでいきます。この時、作業台の温度は約50〜60度。温めることによってインクののりがよくなります。版の全体がインクで覆われると、次に待っているのが余分なインクを取り除く作業です。ここはインクを塗る作業よりもテクニックを要する重要なステップ。綿製のモスリンで版全体を覆っているインクをふき取った後、素手でさらに残りのインクを取り除きます。この際素手にチョークの粉を付けることで手の油分が減り、より効果的に版のインクを落とすことができます。素早く均一な動きでムラなくインクを取り除いていく動作は職人技そのもの。さまざまな分野で機械化が浸透した現代でも、伝統工芸においては人間の手がもっとも信用できる手段ということを納得させられる作業風景です。

▲ローラーを使い原版にインクを塗る作業
▲素手で余分なインクを取り除く作業

いよいよ、プレス作業に

 版の空白部分のインクもきれいにふき取り、モスリン布で版画のタイトルにインクをのせたら、いよいよ作品の印刷に入ります。印刷に使用する紙は水に浸して湿らせたベラム紙(*1)。水分によって紙の繊維がしなやかになり、インクの吸い取りがよくなります。余分な水分をふき取った後、プレス機にセットした版に印刷紙を重ね合わせます。

 プレス機のローラーの間をくぐり終えた印刷紙をゆっくり版からはがす風景は、今回の取材でもっとも印象的な場面。原版にあった繊細な描写がそのまま転写された美しいカルコグラフィーに思わず目を奪われます。細部の描写や陰影がしっかりと刷られているか、また空白部分に汚れがないかを確認し終え、ようやく1枚のカルコグラフィー作品が刷り上がりました。48時間乾燥し完成品となります。

▲プレス機にセットした版に印刷紙をのせる
▲プレス機を潜り抜けた版から印刷紙をゆっくりとはがす風景

 

 1枚の原版から複数枚の作品を刷り上げることのできるカルコグラフィーですが、1作品に費やされる時間や傑出した職人の技を知ることで、1点1点の価値に改めて気付かされます。ルーヴル美術館のカルコグラフィーの魅力は、版画そのものの美しさだけでなく、永きに恒り大切に保存されてきた原版と継承されてきた職人の巧みな技術から生まれる伝統工芸の魅力です。

*1 ベラム(Vellum)とは元来、羊皮紙を意味するが、現在はベラムのような風合いを持つ薄手の上質紙もこのように呼称する。ここでは、後者の意。

▲作品のチェックを行うボドキャン工房長
▲細部の描写までしっかりと刷られた完成後のカルコグラフィー

MMFでは近日、このカルコグラフィーの工程を動画でご紹介する予定です。お楽しみに。

 

▲今回の取材に協力してくださったボドキャン工房長
ボドキャン工房長からのメッセージ
日本には、去年の滞在を含め、今まで2回ほど訪れる機会がありました。その際、学生の方をはじめとした日本人の方々との素晴らしい出会いに恵まれました。彼らは好奇心が旺盛で、カルコグラフィーの印刷技術に強い興味を持ち、私のデモンストレーションに注意深く見入っていたのが印象的でした。カルコグラフィーを通して、版画の歴史、そして繰り返し印刷ができるという版画のコンセプトについて、多くの人々が関心を持っていることに気付かされる滞在となりました。ルーヴルにおけるカルコグラフィーは、由緒あるコレクションはもちろん、新たに収集されている現代作家のコレクションも同様に、こうした人々の知識や好奇心を満たすものとして大いに役立っていると思います。
Update : 2012.4.1 文:増田葉子(Yoko Masuda) 写真:武田正彦(Masahiko Takeda)
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