展覧会冒頭のテーマとなるのは砂浜です。海を背にした砂浜の上に、子どもが戯れる様子や都会的な装いで余暇を楽しむ上流階級の人々の姿が描かれています。海と都会の人々が同じカンヴァス上に頻繁に収められるようになるのは、戸外のレジャーが発達した19世紀ならではの現象です。漁師や船乗りに代わり、スーツやドレスを身にまとった人々が海辺の風景の新たな登場人物となったのです。地方の自然の風景が、観光地の風景として生まれ変わり、アーティストたちに新しいインスピレーションを与えた時代でした。
モネと深い親交のあった画家エルー(Paul-César Helleu/1859-1927)は遠洋航路の船長を父に持ち、自らもノルマンディの海をヨットで航海するなど、海を愛した画家でした。この作品はノルマンディのドーヴィルかトルヴィルと思われる浜辺で、妻であるエルー夫人が読書にふけっている様子を描いています。手に持った黒のパラソルを背景に、白く優雅な夫人の横顔が強調されているのが印象的です。夫人の髪や肩には、砂浜から照り返す繊細な光が素早いタッチで巧みに表現されています。
避暑地へとやってきたヴァカンス客の目的は、気分転換と同時に新しい刺激を求めることでした。それは画家たちにとっても同様です。親族が別荘を所有していたことから、モネは定期的にノルマンディの地で休暇を過ごしました。そして海沿いの散歩道や砂浜にイーゼルを立て、滞在を自らの制作期間にあてたのです。ヴァカンス地での滞在は家族と過ごす穏やかな時間であると同時に、制作意欲を刺激する新しい風景との出会いの場でした。そうした理由からも、レジャーを描いた作品には画家自身の家族が登場することが珍しくありませんでした。
1870年の夏にノルマンディのトルヴィルで描かれたこの作品は、印象派の象徴とも呼べる傑作です。明るい色調と揺れ動くような筆触、大胆な左右非対称の構図など、印象派独特の技法がカンヴァス上で果敢に試されています。建物や地面に反射する光の色彩は、夏の強くまぶしい日差しそのもの。画面左手で大きくなびく旗と帆綱は、沖から吹く強い潮風を表しています。画面にはほとんど海面が描かれていないにもかかわらず、海の気配を強く感じることができる作品です。
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Update:2013.8.1 文・写真:増田葉子(Yoko Masuda)
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