1754年〜1756年頃 トレド美術館所蔵
©Toledo Art Museum
本展は羊飼いの恋愛を主題にした作品の展示から幕を開けます。フラゴナールは17世紀のフランスで大流行したオノレ・デュルフェ(Honoré d'Urfé/1567-1625)の騎士道小説『アストレ』など、有名な大河小説から牧歌的な絵画の主題を得ていました。トレド美術館所蔵の《目隠し鬼》は、若い羊飼いの女が目隠しをして、小枝を手にした若い男に惑わされている様子が描かれています。女の足元には小さな少年が横たわり、ステッキを使って女の手をくすぐり、反対方向へと導こうといたずらをしていますが、女の目隠しが若干まくれ上がっていることから、恋人と思われる男の方へと自然と顔を向けて誘惑に応えようとしていることが分かります。フラゴナールの作品からは、時にこうした女性自らの意思が感じ取れ、男性よりも低かった女性の社会的な立場が18世紀当時にはいくらか変化していた様子を垣間見ることができます。家柄重視の結婚観から、恋愛結婚の価値が見出されるようになるのも18世紀後半に入ってからでした。
1753年〜1754年頃 ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵
©The National Gallery, Londres, Dist. Rmn-Grand Palais / National Gallery photographic department
「神々の愛」と題されたセクションでは、フラゴナールが若くしてその才能を世に知らしめた神話画の数々が集められています。フラゴナールの作品の中で、ヴェルサイユにて王に初めて披露されたのが本作です。1754年当時、フラゴナールはまだ若き22歳でした。18世紀半ばのフランスで、神話画は貴族の館を飾る人気のテーマであり、より快楽主義的な表現が好まれる傾向がありました。カンヴァスにはクピドによって贈られたプレゼントをプシュケが姉妹に見せている場面が描かれています。プシュケの姉妹の上には顔をしかめた人物が描かれ、姉妹らが隠している羨望と嫉妬の情動を感じ取ることができます。フラゴナールは神話画のベテランであるフランソワ・ブーシェ(François Boucher/1703-1770)によって手ほどきを受けますが、その震えるような感情表現の巧みな技術が、師を上回るようになるのに時間はかかりませんでした。
1759年〜1760年頃 メトロポリタン美術館所蔵
©The Metropolitan Museum of Art, dist. Rmn-Grand Palais / image of the MMA
この作品に描かれているのは、素朴な板小屋内のテーブルで、カードゲームに負けた罰として、若い男が左側にいる若い女に力ずくでキスしようとしている場面です。右に描かれた女も、それを手助けしようと、賭けに負けた女の手首を押さえつけているのが分かります。当時こうした賭け事はとても流行していましたが、厳格なモラリストの間では非難の対象になっていました。フラゴナールは、ディドロ(Denis Diderot/1713-1784)をはじめとした啓蒙主義の作家のように、論争になるような通俗的なテーマを表現することを恐れず、積極的に絵画のモティーフにしました。
カンヴァス上に柔らかな誘惑と粗野な乱暴さが見事に折衷しているのが印象的です。フラゴナールはルーベンス(Petrus Paulus Rubens/1577-1640)の絵画に影響を受けたことでも知られています。この作品内で男が女を鷲掴みにする様子も、当時ルイ14世(Louis XIV/1638-1715)のコレクションであった、田舎の祝宴を描いたルーベンスの《ケルメス(村祭り)》からインスピレーションを強く受けていることが想像されます。
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Update : 2015.12.1 文・写真 : 増田葉子(Yoko Masuda)
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