1777年〜1778年頃 ルーヴル美術館所蔵
©Photo Rmn-Grand Palais (musée du Louvre) / Daniel Arnaudet
「道徳的な愛」と題されたセクションに展示されている、ルーヴル美術館所蔵の《かんぬき》は、展覧会のカタログの表紙も飾っている本展の目玉作品です。アパルトマンの一室で若い男が部屋の錠をかけるのを、女が弱々しく妨げようとしている場面が描かれています。1782年にコデルロス・ド・ラクロ(Choderlos de Laclos/1741-1803)が貴族社会における退廃の恋愛を批判的に描いた小説『危険な関係』が大きな成功を収めるなど、18世紀末のフランスでは、放蕩を好む文化に弔鐘が鳴り響き始めていました。それと同時に、社会に新しいモラルが頭角を現すようになります。それは放蕩とは対照的に婚姻上の愛を説くというものでした。
フラゴナールの《かんぬき》は、支援者であったヴェリー侯爵(Le marquis de Veri/1722-1785)によって、フラゴナールの宗教作品《羊飼いの礼拝》と対をなす作品として注文されました。この宗教的な作品と官能的作品を組み合わせる行為は、いわゆる宗教への不敬の表れであり、ヴェリー侯爵の放蕩な性格をうかがい知ることができます。1785年にこれら2枚の作品が同時に競売に出された際、その奇妙な組み合わせに困惑が起こるのも無理はありませんでした。
このフラゴナールの《かんぬき》は、1784年にモーリス・ブロ(Maurice Blot/1754-1818)によって版画作品として複製されます。そして1792年、フラゴナールとフラゴナールの義妹であり弟子でもあったマルグリット・ジェラール(Marguerite Gérard/1761-1837)のコラボレーションによって、《かんぬき》の新たな対となる版画作品が制作されました。それが《契約》と題された作品です。《契約》には《かんぬき》と同様の男女が、婚姻関係を結ぶために契約する場面が描かれています。1778年にフラゴナール自身が制作していた《箪笥(たんす)》という版画作品では、男が部屋の箪笥に隠れているのを、若い女の両親が発見するというスキャンダラスな様子が描写されています。
これら《かんぬき》、《箪笥》、《契約》の版画の3作品は、ひとつの物語の流れとなっており、それぞれ「過ち」、「驚く恋人たち」、「内縁関係の適正化」と、小説の各章を読み進めるようにステップを踏んでいます。過ちを犯した男女も、最後には正式に結婚をすることで後ろめたさはなくなるという《かんぬき》の絵画への訂正の意味が込められているのです。18世紀末の革命期のフランスでは、こうして放蕩者の愛から脱却し、道徳的な愛へと移り変わる劇的な社会の思想の変化が起こっていたのでした。
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Update : 2015.12.1 文・写真 : 増田葉子(Yoko Masuda)
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