「イヴ・サンローラン。モードとアート」

イヴ・サンローランの死から3年を迎える今年、そのドキュメンタリー映画が4月に公開され、話題を集めています。この日は、『イヴ・サンローランへの手紙』の翻訳者で作家の川島ルミ子さんを迎えて、“モードの帝王"の異名をとったイヴ・サンローランとアートとの関わりについて、お話しいただきました。

 「こうした場でイヴ・サンローランについて語る機会を得られたことを、本当に光栄に思っております。イヴ・サンローランは生きているころから“伝説の人”といわれた唯一のデザイナーです。そのわけをひとつずつ、紐解いていきたいと思います」。

 真っ白なサンローランのスモーキングとサンローランデザインのネックレスでさっそうと会場に現れ、こう話し始めた川島ルミ子さん。歴史上の人物を愛情深く丁寧に描いた著書で知られる川島さんですが、今回もイヴ・サンローランへの深い敬意と愛情が感じられる語り口で、会場を“伝説の人”イヴ・サンローランの世界へと誘います。

満席となった会場

 川島さんはまず、生い立ちからメゾンの設立にいたるまでを話し始めました。フランス領アルジェリアの裕福な家庭に生を受けた幼少時代、若干21歳でクリスチャン・ディオールの後継者に抜擢された青年時代──。50年にわたってイヴ・サンローランを公私ともに支えることとなるピエール・ベルジェとの運命的な出会い──。徴兵を機に精神衰弱に陥った彼に突きつけられたクリスチャン・ディオール解雇の通告と、そこから立ち上がって設立したメゾン──。川島さんは、スクリーンに映し出される写真とともに、イヴ・サンローランのデザイナーとしての華麗な経歴を辿りつつ、その裏側にあった苦悩や悲しみ、ベルジェとの愛情生活を巧みに織り交ぜて語ってゆきます。

 そして、話題は今回の講座のメインテーマ「イヴ・サンローランとアート」へ。スモーキングやパンタロンなど男性のワードローブから着想を得たデザインで、女性のライフスタイルを変え、プレタポルテ(既製服)を発明したイヴ・サンローランの比類なき業績を辿りながら、イヴ・サンローランがピエール・ベルジェとともに絵画などのアートをコレクションし、そのモチーフをデザインに取り入れていく過程が丁寧に紐解かれていきます。モンドリアン、ゴッホ、ブラック、レジェ、ドラクロワ、ベラスケス……。イヴ・サンローランは、多くの画家にインスピレーションを受けた作品を発表しつつも「モードはアートではない」と語り、刹那的な世界に身を捧げる苦悩にさいなまれたと川島さんは語ります。そのお話からは、“モードの帝王”の意外なほどに繊細な素顔が浮かび上がり、天才の孤独と悲しみが痛いほどに伝わってきました。イヴ・サンローランを“伝説の人”たらしめたのは、そのまばゆいばかりのコレクションと表裏一体の苦悩、そして彼を支え続けたベルジェの深い愛だったのです。


講師の川島ルミ子さん

 わずか一時間半の講座のながら、一冊の評伝を読んだような錯覚を覚えるほどの充実した内容で、講座後の質疑応答では、熱心な質問も相次ぎました。ご自身がイヴ・サンローランにお会いした際のエピソードを問われた川島さんは、その手の握り方、話し方から、彼がいかにやさしい人であったかがわかると懐かしそうに語り、「他のデザイナーは女性を利用したが、彼は女性たちに仕えたのだ」というベルジェの言葉を引用しました。

 イヴ・サンローランという天才の光と影、ベルジェの愛、そして彼らに対する川島さんの深い理解と敬意が会場を感動に包んだ90分でした。

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川島ルミ子さんのブログ

「イヴ・サンローラン アートのある暮らし」展

期間:5月28日(土)まで
会場:銀座MMF3Fギャラリー

MMFのギャラリーでは、イヴ・サンローランとピエール・ベルジェの美術コレクションのうち、現在、フランスの美術館で見ることのできる作品を紹介するとともに、イヴ・サンローランから川島さんに送られたコレクションのポスターを展示しています。