「フランスの劇場、写真で巡る美術散歩」

現在、銀座のMMFギャラリーでは、「写真で巡るフランスの劇場〜木之下晃の世界〜」展を開催中です(3月28日まで)。
音楽写真の第一人者、木之下晃氏の作品の中から、フランスの劇場を撮影したものを選び、展示するこの企画展にちなみ、今回のMMF講座は、木之下氏と、フランスを拠点に活動する写真評論家でもある港千尋氏の2名の写真家を講師としてお迎えし、フランスの劇場とその文化について、対談形式でお話いただきました。

▲おふたりの作品紹介も交え、フランスで活躍する写真家の目を通した劇場の魅力を誘っていただきました。

 講師のひとり、木之下晃氏は、「木之下さんならば、特別に撮影許可を出す」という方々もいるという、世界的な音楽写真家です。講座の会場には、木之下さんの写真集を手にしている人の姿も見え、その人気のほどがうかがわれました。一方の港千尋氏は、フランスにも家を持ち、日本とパリ、ボルドーを行き来して活動する写真家で、ユニークな視点を持つ写真評論家でもあります。おふたりの出会いで、どんなお話が生まれるのか──開演前の会場からは、そんな期待感が伝わってきました。

 「フランスの劇場を知るうえで、まずは劇場発祥の地、イタリアの劇場から」ということで、スクリーンにはボローニャの劇場が映し出されました。ボックス席が並ぶその劇場は、豪華絢爛のひと言です。「イタリアの劇場の特色は、ボックス席であることです。ボックス席の後ろには個室があり、それは情事のためでした」と木之下氏。「こうした馬蹄形のオペラハウスは、ステージではなく、向かいのボックス席を見るためだったんです。『あ、今日は伯爵夫人はあのイケメンと来ているわね』というふうに。」劇場のつくり、ひとつひとつに、当時のイタリア貴族社会らしい、艶やかな人間模様が映し出され、会場はぐいぐいと引き込まれていきました。

 次に紹介されたのは、ボルドーの大劇場。木之下氏が、壮麗な劇場の写真を見せながら、フランスでは劇場に宮殿のスタイルが取り込まれ、社交好きのフランスらしく、ホワイエという社交の場が生まれたことなどが解説されていきます。一方、港氏もご自身の写真を見せつつ、18世紀の町並みがそのままに残るボルドーの街の魅力とともに、ボルドーの劇場を語ってくれました。ボルドーの人々が「球場を大事にするように、劇場をかわいがっている」というお話は、この地に家を持つ港氏ならではの視点です。

▲木之下晃氏
音楽家やコンサートホールの撮影をライフワークとしている写真家。日本福祉大学客員教授。

▲港千尋氏
旅を通してイメージとテキストの冒険をつづける写真家。多摩美術大学情報デザイン学科教授。

 今回の講座で最も印象的だったのは、「オペラハウスができたとき、その都市は成長を止める」というお話でした。植民地貿易で栄えた18世紀に作られたボルドーの劇場、アマゾン流域がプランテーションで繁栄した19世紀、こつ然と密林の中に現れたブラジル、マナウスの劇場と、木之下氏はいくつもの例を挙げますが、日本もその例に漏れなかったというのには驚かされました。初台の東京オペラシティ完成(1999年)とほぼときを同じくして、バブルが崩壊しているのです。40年にわたって世界中の劇場を撮影し続けてきた木之下氏と、劇場を愛し、通い続ける中で独自の視点を養ってきた港氏、おふたりがたどり着いた鋭い考察に、「目からうろこ」の思いでした。

 最後におふたりはこんなメッセージをくださいました。「劇場は引っ越してこないので、まず行ってみること。たとえば、フランス語ができなくともオペラ座に行って、その空間に入ってみてほしい。パリが詰まっています」(木之下氏)。「さまざまな分野で一流の人がいますが、一般人が一流の人と出会えるのは、劇場だけです」(港氏)。いつか、華やかにおしゃれをして、フランスの劇場に行ってみたい──そんな夢がふくらんだ一夜でした。

[FIN]

「写真で巡るフランスの劇場〜木之下晃の世界〜」展

期間:2012年1月23日(月)- 3月28日(水)まで
会場:銀座、MMFギャラリー
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