サロン・デ・ミュゼ・ド・フランス 第2回アングル(1780-1860)
古代ギリシア・ローマ、そしてルネサンス芸術を賞賛した巨匠アングルの芸術感とその作品の魅力を読み解く
グランド・オダリスク
© Photo RMN / Hervé Lewandowski / digital file by DNPACC
 「アングルはロマン主義の画家と言う人もいますが、やはり新古典主義の画家と見るほうが自然ですね」。優美な女性像を多く描き、19世紀フランス画壇の重鎮として君臨したアングルがテーマの今回のサロンは、こうした先生の言葉から始まりました。時代はフランス革命を経て、ナポレオンが皇帝についた帝政時代。この19世紀初めにアングルは画家としての成長期を迎えました。ローマ賞を獲得し、イタリアに留学した画家は、そこで多くの古代美術に触れ、古代ギリシア・ローマ、そしてルネサンス芸術こそ、美の源泉であると確信します。また多くの彫刻作品を目にしたアングルは、ものの本質は形にこそあると思い至り、デッサンの重要性を強く実感。色は光によって変化するが、形は裏切ることはないという信念のもと、ストイックに絵画の道にまい進したのです。こうした時代背景やアングルの画業の解説とともに、美術史の枠にとどまらない興味深いお話も飛び出しました。
「アングルはバイオリンにも長じていて、幼い頃には画家になるか、バイオリニストになるか迷ったほどといわれています。そしてそこから『アングルのバイオリン』という諺も生まれたくらいなのです。“プロ並みの腕”といった意味に使われる慣用句ですね」。こんなちょっとした“うんちく”を交えながらのお話に、参加者の皆さんはぐいぐい引き込まれていったご様子でした。
 
 続くスライド上映では、作品を見ながら具体的に「アングルの絵の見方」をお話くださいました。傑作のひとつ『グランド・オダリスク』では、描かれた女性の美しい背中に注目しました。「アングルはデッサンがすべてであると主張している割に、実際の作品では、かなりデッサンに狂いが生じています。最終的には“現実”よりも“美”を追求したということです。ですが、これこそアングルの絵の面白さといえるでしょう」。千足先生の言葉に導かれ、『グランド・オダリスク』を見てみると、実際よりもかなり長く背中が描かれていることが分かります。この作品では脊椎が3本も多く描かれているとのこと。美しさを重んじるアングルの姿勢が具体的に示されました。また80代という高齢になってから制作し、死の4年前に完成した代表作のひとつ『トルコ風呂』では、尽きることのない老画家の創造力に驚かされました。当時ヨーロッパで流行していたオリエンタリズム(東方趣味)の香りあふれるこの作品でアングルは、彫刻を模倣したかのような量感豊かな裸婦を描き込んでいますが、そこには女性の官能的な背中を描いた『ヴァルパンソンの浴女』をはじめ、これまで自作のなかに登場した裸婦を引用しているとのこと。
そして数多いアングルの肖像画のなかで先生が最高傑作のひとつと賞賛するのが『ルイ=フランソワ・ベルタンの肖像』です。“第二帝政時代のジュリアス・シーザー”と呼ばれた実業家にしてジャーナリストの男を描いた作品ですが、正面を見据える強い眼差しや精悍な顔つきからは意思の強さが、そしてがっしりとした大きな手からは、まるで時代を鷲づかみにするかのような印象を観る者に与えます。「アングルの描く肖像画は、非常に理想化されているためキャラクター(性格)がないとよくいわれますが、この肖像は男のエネルギッシュな生き様を鮮やかに伝えています。ベルタンの肖像であると同時に活況を呈する“時代の肖像画”といえるかもしれません」。まさしくアングルの絵を“読む”楽しみを教えていただいたサロン講座。「次にルーヴルに行かれる機会があれば、こうして作品に描き込まれた細かい点を見てみると、面白いですよ」。講座の最後をこう締めくくられた先生の言葉どおり、絵を鑑賞する新たな視点を与えられた時間となりました。
     
 また講座の後は、冷たいフレーバーティを片手に先生との自由なコミュニケーションをお楽しみいただきました。充実の講座内容を受け、先生にご質問される方々の姿も多く見受けられた土曜日の銀座。少人数サロンならではの魅力いっぱいの一日となりました。

 9月の最終回は、アングルのライバルともいわれるロマン主義を代表するドラクロワが登場します。
 
3回シリーズで開催してまいりました本サロンもいよいよ次回で最終回を迎えます。テーマはドラクロワ。ぜひ次回のサロンもご期待ください。 お申込方法はこちら
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