『神は書体に宿る』?―フォントデザインを知って、感性を豊かに、暮らしを楽しく

 久しぶりに爽やかに晴れ渡った初夏の東京。フォントデザインの第一人者である藤田さんのレクチャーとあって、この日は多くの参加者が会場に詰めかけてくださいました。レクチャー開始前から、会場のスクリーンには数種類のフォントで書かれた「東京の風」というフレーズが映し出されています。それを眺めていると、フォントの違いによって、同じフレーズで表現された「風」も、どこか違った趣を感じることができるから不思議です。自然とレクチャーの内容への期待が膨らみます。

 藤田さんは、グラフィックデザイナーから圧倒的な支持を受ける「筑紫オールド明朝」「筑紫丸ゴシック」というフォントを開発し、「東京TDC賞2010」を受賞。また、今年2018年にも、金属活字や写植文字の伝統を踏襲しながらも現代的な新しいセンスを融合させた「筑紫アンティーク-B」を含めた6フォントで、「東京TDC賞2018タイプデザイン賞」も受賞されています。日ごろ何気なく目にしているフォントですが、一般の方には、それをつくり出すデザイナーという職業があるということ自体が新鮮な驚きかもしれません。
 「僕は高校に進む際、何のとりえもなかったんですよ。美術がほんのちょっと、ほかの教科より成績がよかったから、デザイン科のある高校に進みました。高校に入ると、周りはみんな、デッサンなんか僕よりもずっと上手。でもレタリングがみんなよりちょっとだけよかった。そんな僕に、先生が写研への就職を勧めてくれました。『朝から晩までレタリングができるぞ!』という言葉にのせられて、卒業後は写研に入社したんです」

 写研とは、写真植字機などの製造や開発、また書体を制作し、販売する企業です。写研の文字デザイン部門で20年以上、腕を磨いた藤田さんは、1998年フォントワークス株式会社に入社。そして、“デザイナーが恋する書体”として圧倒的な人気を誇る「筑紫書体」のほか数多くの書体を開発されています。この日の講座では、その筑紫書体を中心に、開発者である藤田さん自らがその魅力を語ってくださいました。
「たとえば、筑紫アンティーク明朝のシリーズは、筑紫書体の明朝体のラインナップのなかでも、情感や風情が出る書体です。漢字のフトコロが狭く、左右の伸びやかなハライが特徴です」
フトコロとは、文字の画によってできる空間のこと。明朝体は、正方形に近いスタイルが一般的ですが、藤田さんは過去にないほどフトコロを絞り、文字それぞれが持つ形や骨格を重視したといいます。
「今年の東京TDC賞をいただいた開発中の書体『筑紫Aヴィンテージ明朝-R』は、あるデザイナーさんに見ていただいたら『この書体は音を発する』と言われました」と藤田さん。
フォントにまつわる新鮮な話が次々と飛び出した今回の講座の最後には、参加者の皆さんとクイズを楽しみました。手元に配布された資料には、夏目漱石の名著『草枕』の一節が縦組みと横組みそれぞれ6種類の書体で印刷されています。

講座終了後にはフォントかるたの販売も行われました

 そのなかで、参加者の皆さんが好みに思う書体ベスト1位と2位、好みではない書体ワースト1位と2位を選ぶというもの。目を通すと、同じ文章であるにもかかわらず、作品世界が異なる雰囲気を持って立ち上がってくるから不思議です。挙手をして統計をとったこの日のクイズの結果は、今後の藤田さんのフォント開発や研究に役立てられるかもしれません。こうして盛況のうちに終了した講座には、うれしいお土産もありました。MMMブティックでも人気商品である「フォントかるた」の制作チームのご厚意で、かるたが2枚お土産として参加者の皆さんにプレゼントされました。
ただ情報を伝える「文字」としての役割を超えたフォントの奥深い世界。新しい発見と驚きに満ちた1時間半のレクチャーとなりました。

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