30年代美術館
産業とアートの融合、モダンな美が生まれた1930年代の美を宿す美術館 ▲30年代の彫刻家、ポール・ランドウスキーの名が冠せられた文化集合施設。この中に30年代美術館がある。
   
パリの西の郊外、ブーローニュ・ビヤンクール市は現在高級住宅地として知られています。昔はのどかな田舎でしたが、19世紀後半から近代産業の拠点が次々とこの地に誕生し、20年代初頭にはモダンな雰囲気があふれる町となりました。
その活気があったよき時代(ベル・エポック)の雰囲気を伝えるのが、
フランスでも珍しい30年代美術館です。
30年代はふたつの大戦に挟まれた華やかで穏やかな時代として記憶され、
また人々の生活や美意識が新しいテクノロジーによって現代風に変化していく
ターニング・ポイントの時期でもありました。それらを象徴する作品、
またこの地に縁のある芸術家の作品などがこの美術館に集められています。
 
新産業の中心地、ブーローニュ・ビヤンクール市
▲30年代美術館の入り口。
 この地は中世までは畑が続く農村でしたが、17世紀に入ってからセーヌ川の水を使っての洗濯業が興り、18世紀にはパリの喧噪に飽きた人々の別荘地となりました。ブーローニュの森に近く、水辺でもあることから、狩りやヨット遊びをする人々に好まれたのです。19世紀末には、ここに住んでいたルノーが両親の家の庭で自動車を作り、その6ヶ月後にはここに工場を作ります。20世紀に入ると飛行機工場、初めての映画スタジオなど、新産業施設が次々と設立され、いち早く新しいテクノロジーを導入した、時代の先端をゆく産業地域として注目を集めます。
また、これらの産業を手がける実業家をはじめ、文化人や芸術家がこの地に家を持つことも多く、モダンな美しさを持つ素晴らしい建築も生まれました。そして産業と文化が隆盛を極めた1930年代を象徴する芸術作品や産業品などを集め、ブーローニュ・ビヤンクール市の当時の繁栄を伝えるが、この30年代美術館です。この美術館が地域と密着していることはコレクションの80%が有志からの寄贈によることからも伺えます。
 準備に15年もの歳月をかけ、1998年に開館した美術館は、エスパス・ランドウスキーと呼ばれる新しい文化集合施設の中にあります。隣の市庁舎、また向かいの郵便局が30年代建築のため、このエスパスもそれに合わせてシンプルなラインの美しい30年代スタイルの建築物となっています。ここには美術館のほか、図書館、映画館、マルチメディア・センター、コンフェランス・センターなどが入っています。
▲エスパス・ランドウスキーの外観。
©Mu
sée des Années 30, Boulogne-Billancourt
大きなモニュメント彫刻が集う1階
 入り口を抜けると右手には吹き抜けのロビーが広がり、そこには20世紀初頭のモダンな建築を飾ったモニュメンタルな彫刻や大判の絵画などが展示されています。トロカデロ広場に建つシャイヨー宮の壁にはネオ・クラシックの彫刻が並んでいますが、このように30年代の建築の装飾には、彫刻が多用されました。ブーローニュ・ビヤンクールには多くの芸術家、彫刻家がアトリエを構えました。この美術館には彼らの作品が多く収蔵されていますが、とくに彫刻はその数、約1,500点にものぼります。この文化集合施設の名前にもなっているポール・ランドウスキー、ジョセフ・ベルナール、マックス・ブロンダ、ジャック・リプシッツなどがこの地で傑作を生み出しました。
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30年代の代表的なムーヴメントを集めた2階
 2階は3つのパートに分かれています。ひとつは30年代のモダンさを強調する「ネオ・クラシックと詩的レアリズム」。フランスでは20世紀に入って、キュビスムやシュルレアリスムなどが興り、アートシーンも大きく変革を重ねました。実験的で個性的な、新しい息吹にあふれた30年代の雰囲気を伝える作品がここに揃っています。主な作家はタマラ・ド・レンピッカ、ブーテ・ド・モンヴェル、カルロ・サラベゾルなど。
 2つめのパートは1900年から30年代にかけて、モンパルナスに集った外国人画家たちが形成した「エコール・ド・パリ」です。このコーナーを主に形成しているのが、アルビット・ブラタスのコレクションです。絵と彫刻を含めて41点ありますが、その全てが本人から寄贈されたものです。ブラタスはエコール・ド・パリの多くの仲間をモチーフにしています。例えばこのコーナーの入り口のところにある『カフェ・ロトンド』は、モンパルナスにある代表的なエコール・ド・パリの仲間が集る場所でしたが、ここには藤田嗣治やスーチン、ユトリロ、ザッキンなど、おなじみの顔が見えます。また彫刻でジャコメッティ、キリコなどの顔も残しています。さらにほかにもマルセル・ジモン、イサーク・ドブリンスキー、オスカー・ミエスチャニノフなどの作品が並んでいます。
 3つめは「デッサンのキャビネ」。とても小さな部屋ですが、ここには1,500枚ものデッサンが収められています。訪れた人が自分で引き出しを開けて、中のデッサンを眺められるようになっています。デッサンは彫刻や絵画の習作としてだけでなく、この頃はイラストがアートの一部として認められてきた時代です。ジョルジュ・ルパープ、エリザベス・ブランリーなどが「ヴォーグ」や「フェミナ」といった女性誌の表紙や広告ポスターをイラストで飾っていました。またここには室内装飾の第一人者であったジャック・エミール・ルールマンのデザイン画などもあります。
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ユニークなテーマ・コレクションがある3階
▲モーリス・ドニのパステル作品。右は壁画の習作『天使たち』。
©Mu
sée des Années 30, Boulogne-Billancourt
 3階にもやはり3つのコーナーがあります。ひとつはとてもユニークな「コロニアル・アート」。近代に入るとフランスは、アフリカやアジアに植民地を増やしていきました。この植民地政策は確かにフランスをはじめとしたヨーロッパ列強国の負の歴史には違いありませんが、旅をすることによって生まれた発見、異文化との触れ合い、民族学の発達など、文化的にはたくさんの実りを生み出しました。芸術家もエキゾチシズムを求めてこれらの国々を訪れ、多くの作品を残しています。
ここに集められた作品のいくつかは、1931年にパリのヴァンセーヌで行われたコロニアル博覧会に出品されました。中国とアフリカの人々の様子を描いたアレキサンドル・イアコヴレフ、色彩の美しいレオン・コヴィ、アフリカ・マンブトー族の女性の姿を残したスザンヌ・カスティーユなどの力作が展示されています。
 次はガラリと趣が違う「宗教芸術」のコーナーです。ここではゴーギャンとも親交のあったナビ派のモーリス・ドニのフレスコ画や壁画の習作が紹介されています。20世紀の新しい宗教画は、ドニやジョルジュ・デヴァリエールが作った「宗教美術アトリエ」が重要な指針を与えたと言われています。彼らの作品は第一次世界大戦で破壊された教会や施設の再建などに使われました。その特徴は、主題がシンプルでより日常的な雰囲気で扱われていること、またセメント素材などの現代の新素材が用いられていることなどが挙げられます。
 3つめは「フアン・グリスとブーローニュの日曜日」と銘打って、キュビスムを極めたグリスと、その画商だったカーンワイラーとの交流、そして彼らの友人一派の作品を集めています。ピカソなどの画商だったカーンワイラーは20年代にこの地に住み、同じ通りにグリスのためにアパートを見つけてやっています。「ブーローニュの日曜日」とは彼らと親しかった芸術家や文化人の集りを指していました。アントナン・アルトー、アンドレ・マルロー、レイモン・ラディゲ、トリスタン・ツァラ、ピカソ、アンドレ・マッソン、リプシッツ、ル・コルビジュエ、サティ…と当時の錚々たる作家や詩人、芸術家が名を連ねています。
20世紀の産業とアートの関係をさぐる4階
 4階には「アートとインダストリー」というテーマで、ブーローニュ・ビヤンクールの産業製品などを見せると共に、この町に多く残る30年代建築の模型や家具なども展示しています。取り上げられている産業デザイナーや建築家をざっと挙げてみると、シャルル・ジルー、オーギュスト・ペレ、ロベール・マレ・ステヴァン、ル・コルビジュエ、シャルロット・ペリアン…など一流の名前ばかりです。30年代の建築や家具の素晴らしいところは機能美を備えた点。余計なものをそぎ落とした、シンプルなラインの作品が生まれました。鉄筋やセメントを使った30年代の建築物はこの町に約30あり、それを見学するルートが記された案内書も市が用意しています。隣の市庁舎は1934年築のトニー・ガルニエ設計のものですが、この内部の美しいことといったら! 美術館を訪れたら必ず市庁舎も見学してください。その市庁舎で当時使われたキャビネットなども、ここに展示されています。現在この美術館がある通りの名前にもなっている当時の市長、モリゼの肖像画も一緒に掲げられています。奥には家具デザイナーであり、素晴らしい装飾家であったジャック・エミール・ルールマンの作品が集められ、サロンを再現したコーナーがあります。また同じフロアでは、世界でもっとも高価な家具と言われているルールマンのサイドボードも見ることができます。木目を生かした表面に象嵌が施され、世界に6つしかなく、値段はなんと200万ユーロだとか。一見の価値ありです。
 このフロアには、このほかに特別展示スペースが設けられています。7月16日まで行われている特別展には、タマラ・ド・レンピッカが取り上げられています。近未来的なモダニズムを駆使し、女性芸術家としても注目された彼女の一大回顧展です。作品42点に加え、写真や帽子なども展示され、作品と人物を知るための充実した内容となっています。
 
田中久美子(文)/Andreas Licht(写真) ページトップへ
30年代美術館
所在地
 
Espace Landowski 28, avenue André Morizet 92100 Boulogne-Billancourt
Tel
 
01.55.18.46.64
閉館日
 
月曜日、祝日、8月15日-31日
開館情報
 
11:00-18:00
入館料
 
30年代美術館、ランドウスキー庭園美術館、特別展示の入場を含む。
一般:4.20ユーロ
割引:3.20ユーロ(学生、60歳以上、障害者など)
URL
 
http://
www.boulognebillancourt
.com

http://www.annees30.com
展覧会情報
 
「タマラ・ド・レンピッカ」
会期:2006.3.13-2006.7.13
アクセス
 
パリから地下鉄9号線でMarcel Sembat駅下車。
徒歩で約7分。市庁舎(Hotel de Ville)隣。
MMFで出会える30年代美術館
MMFブティックでは、30年代美術館にも作品が収められている彫刻家ジルベール・プリヴァなどにちなんだグッズをご紹介しています。
 
インフォメーション・センターでは、30年美術館の図録を閲覧いただけるほか、無料パンフレット(フランス語)をご用意しております。

       

*情報はMMMwebサイト更新時のものです。予告なく変更となる場合がございます。詳細は観光局ホームページ等でご確認いただくか、MMMにご来館の上おたずねください。

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