生まれ変わったプティ・パレ ジル・シャザル館長インタビュー
   
パリ市立プティ・パレ美術館
 
窓から差し込む自然光だけで美術作品を堪能する──。
昨年12月、パリ市立プティ・パレ美術館は、そんな稀有な美術鑑賞ができる空間として生まれ変わりました。
1900年パリ万博の際、美術展示場として建設されたこの美術館は、建物そのものが装飾美術の粋を集めた芸術作品。
隅々まで在りし日の姿に復元された空間に一歩足を踏み入れれば、
まるで当時のフランス美術界を垣間見るかのような感覚が味わえるはずです。
 
生まれ変わったパリ市立プティ・パレ美術館
 
▲地下へと続く螺旋階段
©Karin Maucotel
 シャンゼリゼの東端、セーヌ川との間に位置するプティ・パレ美術館が、4年という長い改装期間を経て再び開館した。プティ・パレといえば、特別展の会場として有名で、常設展示のコレクションを持つ美術館であることはあまり知られていなかった。それが改装後、いつでも気軽に立ち寄りたくなるような魅力的な美術館に変身を遂げた。
 プティ・パレは、向かいのグラン・パレ(Le Grand Palais)同様、1900年パリ万博の際、美術作品展示会場として建設され、その後1902年にパリ市所蔵の美術品を展示する施設となった。イオニア式列柱に彫刻が施されたファサードには、大きな窓がいくつも並び、(表には見えないものの)鉄を用いて伸び伸びとしたボリューム感が実現されている。
伝統的な建築材である石にガラスと鉄という新しい素材が軽やかさを添え、当時大変な評判をよんだらしい。自然光だけで作品を見せるため、建築家シャルル・ジロー(Charles Girault) ※1は周囲に大きな窓を配し、中庭をつくって内側にも窓を設けることで光あふれる宮殿(パレ)を生み出した。
 ところが言うまでもなく、多くの美術品にとって直射日光は大敵だ。また、さんさんと光が注げば室温も上がってしまう。美術館として十分な機能を果たすにはスペースが足りなくもなった。こうした実際上の問題に対処すべく、窓に覆いをつけ、天井を付け加え、展示室を仕切り、天井が汚れてくると壁をその色に合わせて灰色に塗り直し、陥没した中庭は閉鎖し…。建設から幾十年の時を経て、プティ・パレはその最大の長所である明るさと開放感を失い、暗く狭苦しく陰気な場所になってしまったようだ。
 今回の改装の第一の目的は、明るく開放的なプティ・パレの建設当初の魅力を取り戻すことだった。
▲エントランスから続くギャラリー
©Asuka Abe
建築家は改修にあたって明るさと透明感に一番気を配ったそうだが、広々としたエントランスホールに入るやいなやそれを実感する。ホール奥の大きなガラス窓から中庭が見え、左右には大きな窓のある明るいギャラリーが広がっている。左手の常設展会場には、エミール・ガレをはじめとする1900年頃の装飾芸術が並べてあるが、作品ひとつひとつが下まで透明のガラスケースに入っているため、視線が遮られることはなく、ガラスケース越しに中庭や回廊にまで目が届く。視線を先へ先へと導くような工夫があちこちにされており、美術館にありがちな閉塞感が一掃されているのだ。
▲南国の木々が美しい中庭
©Asuka Abe
 展示室から見える中庭の南国の木々はそれだけでも楽しい気分にさせてくれるが、中庭に出れば、列柱のある回廊をぐるりと一周できるようになっていて、エントランスホールの反対側には庭に面したカフェもある。地階へと続く美しい螺旋階段は窓から入る光を階下まで届け、アール・ヌーヴォーが花開くこの時代特有の手すりの繊細な模様はレースのように軽やかだ。クーポルにはモーリス・ドニ(Maurice Denis)※2の装飾画が生き生きとした色彩で描かれている。
     
  ※1シャルル・ジロー(1851−1932)  
  パリの国立美術学校(エコール・デ・ボザール)に学ぶ。1880年、当時のフランス美術界の登竜門であるローマ賞を受賞し、建築家として活躍した。プティ・パレのほか、グラン・パレの建築も手がけた。  
  ※2モーリス・ドニ(1870−1943)  
  19世紀末に活躍したフランスの画家、美術評論家。絵画のみならず舞台装飾やポスター、挿絵など幅広い分野で展開したナビ派の中心人物で、アール・ヌーヴォー風の作風で成功を収めた。また、ルオーらとともに宗教美術の復興にも力を注いだ。  
 
ページトップへ
 
美術作品を引き立てる空間と斬新な企画展
 
 明るく開放的な空間に加えて、内装や展示にもさまざまな工夫が凝らされている。例えば、上階の19世紀美術の展示室はモダンな白い壁、それと隣り合う18世紀装飾美術の展示室はクラシックな木製の内装というように、展示室ごとにがらりと異なる雰囲気に設えてある。浅い浮き彫りが施された木製の壁は、陶器や家具、タペストリーを引き立て、まるでコレクターの邸宅に招かれたかのような気分にさせてくれる。
▲18世紀美術の展示室
油彩 1857年
©Asuka Abe
 天井が低く窓も少ない地階は、上階とは異なり落ち着いた雰囲気が魅力だ。古代ギリシャ・ローマの彫像の展示室は真っ白な壁面にボールトが美しく、ガラスケースが整然と並べられた様は、その場がしんと静まりかえるようだ。絵画は小さく区切った空間に時代や傾向ごとに掛けられ、17世紀オランダ絵画の部屋はピスタッチオ色、19世紀フランス絵画はテラコッタ色という具合に、作品と調和する壁の色が手伝って、それぞれが小さな宝石箱のように独自の世界をつくり出している。天井が低いというネガティブな要素を親密な雰囲気へとうまく転換し、作品とじっくり向かい合えるような空間に仕上がっている。
▲特別展「クエンティン・ブレイクとセーヌ河畔のお嬢さんたち」の会場
©Asuka Abe
 オープニング記念の特別展は、作品の見せ方の巧みさという点で特筆に値するだろう。イギリスのイラストレーター、クエンティン・ブレイク(Quentin Blake)※3が、プティ・パレの所蔵品をテーマに沿って選び、作品を展示した白い壁面に直接イラストを描くという企画だ。ブレイクのユーモラスなイラストが、19世紀末から20世紀初頭の絵画を驚くほど新鮮に見せ、わくわくするような世界ができあがっている。
     
  ※3クエンティン・ブレイク(1932−)  
  イギリスを代表するイラストレーター。『おばけ桃が行く』(評論社)や『チョコレート工場の秘密』(評論社)など、作家ロアルド・ダールと組んで数多くの児童書を手がける。また、自らも児童文学作家として活躍しており、1999年にはイギリス王室から名誉児童文学作家の称号を与えられた。代表作に『ふしぎなバイオリン』(岩波書店)『アーミテージさんのすてきなじてんしゃ』(あかね書房)など多数。  
 
ページトップへ
 
19世紀末から20世紀初頭の美術世界を体感
 
 最後に、コレクション自体にふれておこう。プティ・パレ美術館のコレクションには、個々の作品の質の高さだけでなく、1900年という時代を考える上でのおもしろさがある。
▲20世紀初頭に活躍したジョルジュ・クレランの『サラ・ベルナールの肖像』
油彩 1876年
©Phototépue des Musées de la Ville de Paris
コレクションは多岐に渡るが、その中核は19世紀末から20世紀初頭、デュテュイやテュックといったコレクターによって収集され寄贈されたものだ。つまり、作品の多様さを越えて、この時代のパリのコレクターの趣向を垣間見ることができるのだ。
 天井画は、プティ・パレが美術館として開館した後にパリ市が注文したものだが、注文を受けたのはアルベール・ベナール(Albert Besnard)、フェルナン・コルモン(Fernand Cormon) 、アンリ・ロール(Henri Roll)、ジョルジュ・ピカール(Georges Picard)、モーリス・ドニと、ドニを除いて現代ではほとんど知られていない画家たちだ。
しかしこれらの画家たちこそ、当時、公共建築に装飾画を描くにふさわしいと考えられていた巨匠たちなのだ。また、19世紀絵画のコーナーには印象派の作品もあるが、同時に、社交界の女性の肖像画、共和国を題材にした歴史画、伝統的な宗教画が並ぶ。パリ市は1870年から作品を購入し始めるが、市行政当局がまだ世に知られぬ印象派絵画を買うはずもない。市が注文・購入した、今では忘れられた画家の作品こそが当時一般に受け入れられたものだった。
▲パリ市の注文を受けて画家フェルディナン・アンベールが制作した天井画「パリの勝利」
©Phototépue des Musées de la Ville de Paris
©Christophe Fouin
それらの作品は今再び見直すとかえって新鮮だったりもする。プティ・パレは、当時の美術世界を、建築も含めてそのまま体験できるタイムカプセルのような装置ともいえよう。
▲ギュスターヴ・クールベ
『セーヌの河畔のお嬢さんたち』
油彩 1857年
©Phototépue des Musées de la Ville de Paris
 美術館で歩いたり立ち止まったりしながら作品を見るというのは、意外に疲れる作業だ。ひとつひとつの作品がいかに優れていても、その数に気持ちが萎えてしまうこともある。プティ・パレ美術館には、鑑賞者を疲れさせない心地よい空間と、作品の魅力を引き立てる細やかな展示の工夫がある。もちろん名品もたくさんあるが、超一級の作品でなくても「ああ、いいな」と思わせるような、作品とじっくり向かい合えるような仕掛けがあった。プティ・パレに行って、美術作品を見る楽しさを久しぶりに思い出した気がした。
 
ページトップへ
シャザル館長インタビューへ
 
文・阿部明日香 著者プロフィール:
東京大学およびパリ第一(パンテオン・ソルボンヌ)大学博士課程。
専門はフランス近代美術、特にその「受容」について研究中。
 
▲美しく生まれ変わった中庭に面したドーム
©Christophe Fouin
パリ市立プティ・パレ美術館
所在地
  avenue Winston Chrurchill 75008
Paris
URL
  http://www.petitpalais.paris.fr
アクセス
  地下鉄Champs-Elysées-Clemenceau
駅、またはConcorde駅下車
開館時間
  10:00‐18:00
展覧会期間中の火曜日は
10:00‐20:00
休館日
  月曜・祝日
入館料
  常設展は無料
企画展は有料

開館時間中、庭園や書店、カフェへ の出入り自由。
アクティビティについて
  ガイドツアーや子供向けのワークショップ、目や耳の不自由な方を対象としたガイドツアーなども行っています。
予約受付:tel/01 53 43 40 36
(10:00‐12:00、14:00‐16:00)
展覧会情報
「クエンティン・ブレイクとセーヌ河畔のお嬢さんたち」
 
会期:2005.12.10‐2006.2.12
  「ペルー、チャビン文化からインカ文明まで」
 
会期:2006.4‐2006.6
 
MMFで出会えるプティ・パレ
プティ・パレの歴史を豊富なイラストと写真で紹介する豪華本「プティ・パレ〜1900年パリ万博が誇るその建築」のほか、展示室ごとの見どころを詳しく解説した英語版の公式ガイドブックなどの書籍をインフォメーション・センターにて閲覧いただけます。
パリ市立プティ・パレ美術館内の見取り図入りのパンフレット(フランス語・英語)をインフォメーション・センターにてご用意しております。

*情報はMMMwebサイト更新時のものです。予告なく変更となる場合がございます。詳細は観光局ホームページ等でご確認いただくか、MMMにご来館の上おたずねください。