• キタノ映画の魅力が生んだ展覧会
  • 観客の笑いを誘う『絵描き小僧』展

「北野武/ビートたけし『絵描き小僧』」展

3月11日からパリのカルティエ現代美術財団で、「Beat Takeshi Kitano, Gosse de peintre(北野武/ビートたけし『絵描き小僧』」と題する展覧会が開催されています。開幕に先駆けた9日、同財団で、ミッテラン文化相から北野氏にフランスの芸術文化勲章の最高章「コマンドール章」が贈られたこともあり、フランスメディアはこぞって特集を組み、氏が表紙を飾る新聞・雑誌がキオスクに並びました。また、この展覧会に合わせて、ポンピドー・センターでは映画監督としての「北野武特集」が組まれ、市内では『アキレスと亀』も劇場公開されました。同時に、仏人ジャーナリスト、ミシェル・テマン(Michel Temman)氏の取材による自伝『Kitano par Kitano(キタノによるキタノ)』も出版され、パリはキタノの話題で持ち切りです。

「日本のお笑い」を現代美術のカンフル剤に北野映画に 魅せられた財団ディレクターが着想

▲1階大展示室の全景。

 ビートたけしがパリで個展を開くと聞いて、芸能人の趣味の絵画展かと思われる向きもあるかもしれません。しかし、実際の状況はそれとは全く異なります。北野武という多才な人物とそのスタッフたち、カルティエ現代美術財団とディレクターのエルヴェ・シャンデス(Hervé Chandès)氏らの個性が組み合わさり、「現代美術」の名のもとに仕掛けられた大掛かりな“舞台装置”といった方がいいかもしれません。現代美術とは何かという判断基準を提示する立場にあるシャンデス氏の政治的試みと、普段の活動の枠組みに収まりきらない北野氏の才能が出会い、ぶつかり合うイベントともいえるでしょう。

▲《2009》、アクリル
© Office Kitano Inc.

 展覧会の発端は5年前に遡ります。「キタノ映画」に魅了されたシャンデス氏が「なんとしてもこの人を財団に招待したい」と考えました。その時点では、北野氏が絵に情熱を傾けていることを全く知らず、単純に「こんなに面白い映画を撮る人なら、展覧会も面白いだろう」と考えたのだそうです。一方、北野氏側は当初スケジュールが合わず、また突然「展覧会をやらないか」と持ちかけたシャンデス氏の意図が理解できず、保留となっていたといいます。

▲『HANA-BI』シリーズの絵画と、絵画を元に制作した花瓶《動物花器》「太古の時代に枝分かれした生物が、今!21世紀に改めて合体した!」。

 その後、財団ではアニエス・ヴァルダ(Agnès Varda)展(2006年)、デヴィッド・リンチ(David Lynch)展(2007年)など、映画監督を招待した展覧会を開催し、成功を収めています。また、村上隆(2002年)、森山大道(2003年)、横尾忠則(2006年)と、日本人アーティストに関心を寄せており、フランスで映画監督として高く評価され、熱狂的なファンも多い北野武を招くのは、いわば自然な流れともいえたでしょう。常に新奇なものが求められる現代美術界において、カルティエ現代美術財団は、映画という美術の隣接分野に留まらず、「日本のお笑い」というアカデミックな美術界とはほど遠い世界をもカンフル剤として引き込もうとしたのです。

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「展覧会のための新作品の制作」が財団の基本姿勢 北野氏に全面的に託された、展覧会の構想

▲ライトアップされた展示室。
© Office Kitano Inc. Photo Grégoire Eloy

 カルティエ現代美術財団は、1984年に設立されました。1994年にはジャン・ヌーヴェル(Jean Nouvel)設計の現在の建物に居を定め、年間数本の美術展と「ノマドの夕べ」と題するイベントやコンサートを開催しています。同財団の大きな特徴は、既存の作品を展示するのではなく、「展覧会のために新たな作品を制作してもらうこと」を基本姿勢としていることです。アーティストへの制作資金提供というメセナ的役割を果たすのはもちろん、財団が作品制作に直接かかわるという大きな特徴があります。
 もちろん、基本的にはアーティストの自由に委ねるのですが、美術館のように既存の作品を収集・保存するのではなく、財団側とアーティストとの対話によって作品ができあがっていきます。特に、普段、美術館に作品を展示することを前提としていないアーティストを招待する場合には、これまでにない表現の可能性を促す機会ともなるでしょう。今回の北野武展はその好例です。エルヴェ・シャンデス氏は北野氏に、単に絵画を展示するだけでなく、財団の空間を自由に使い、何でも好きなことをしてほしいと提案しました。そして生まれたのがこの展覧会だったのです。

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映画やテレビ番組の方法論を現代美術の世界へ 多くのスペシャリストが結集して実現した展覧会

▲会場のイメージ図。
© Office Kitano Inc.

 展示作品は、絵画以外はほぼすべて、北野氏が今回の展覧会のために構想し、制作したものです。およそ1年にわたり北野氏は、美術デザイナーとミーティングを繰り返し、アイデアをかたちにしていきました。制作にあたっては、木工職人、メカニズムを扱う技術者、音響デザイナー、彫刻家など、多くのスペシャリストが結集し、小さなオブジェは日本で、大きなものはフランスの工房で制作されました。日本とフランスの間で頻繁に会議が繰り返され、徐々に展覧会がかたちづくられていきました。展示作品の中で、北野氏本人が直接的に制作したのは、おそらく絵画作品のみでしょう。

▲地下大展示室には絵画が展示されている。
© Office Kitano Inc.

 いうまでもなく、現代美術の世界では、アーティストのアイデアを基に、制作をスペシャリストに依頼するのは珍しいことではありません。とはいえ、本展ほど多くのスペシャリストが制作にかかわるのは稀だといえるでしょう。こうした手法は、映画やテレビ番組の制作方法に似てはいないでしょうか。北野氏は意図したか否かにかかわらず、美術館の中にその作品だけでなく、自分にとって馴染み深い方法論をそのまま持ち込んでしまったのです。これまた現代では稀有なほど恵まれた制作方法といえなくもありません。

Update: 2010.4
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カルティエ現代美術財団

  • 所在地
    261 boulevard Raspail 75014 Paris
  • Tel
    +33 (0) 1 42 18 56 50
  • Fax
    +33 (0) 1 42 18 56 52
  • URL
    http://fondation.cartier.com
  • 開館時間
    12:00-20:00
  • 休館日
    月曜日
  • 入館料
    一般:6.5ユーロ
    割引料金:4.5ユーロ
    10歳未満:無料
  • アクセス
    地下鉄ラスパイユ(Raspail)駅下車

「北野武/ビートたけし『絵描き小僧』」展

MMFで出会える「北野武/ビートたけし『絵描き小僧』」展

  • インフォメーション・センターでは、「北野武/ビートたけし『絵描き小僧』」展のカタログとパンフレットを閲覧いただけます。
  • 『絵描き小僧』展のカタログは、注目の一冊でも紹介しています。
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