メゾン・デ・ミュゼ・デュ・モンド(MMM)のある銀座界隈には企業が運営する
美術館やギャラリーなどが、数多く点在しています。銀座のMMMにお越しの際、
併せて訪問いただきたい、こうしたアートスポットを中心にご紹介してまいります。
今回訪れたのは、銀座から中央通りを北へ向かった京橋駅前にある「ペン・ステーション」。株式会社パイロットコーポレーションの本社ビル2階にあるミュージアムでは、国内外の貴重な筆記具を展示しています。
▲パイロットの本社1、2階にあるペン・ステーション ミュージアム&カフェ
筆記具や手帳などのステーショナリーの製造・販売で知られる株式会社パイロットコーポレーションが誕生したのは、1918(大正7)年のこと。東京高等商船学校の教授だった創業者の並木良輔(なみき りょうすけ)氏は、商船の乗組員として海外貿易を行っていました。日本製の製品を輸出したいという思いを抱いていた並木氏は、万年筆用金ペンの製作に成功。同窓の和田正雄(わだ まさお)氏とともにパイロットの前身となる「並木製作所」を設立して、万年筆の製造・販売に乗り出しました。それまで、万年筆は輸入されたものだったり、パーツを輸入して組み立てたりしていたものでしたが、並木氏の手によって純国産の万年筆が初めて誕生したのです。
そして、1978(昭和53)年、創業60周年の記念行事として、万年筆の工場のある神奈川県・平塚に日本初のペン資料館を開設。これまで収集していた国内外の所蔵品・資料を一般公開しました。そして、2004(平成16)年には、「もっと多くのお客様に筆記具に親しんでほしい」と、利便性の高い京橋駅前に移転。筆記具を通して「書く文化」の一翼を担い続けるという思いを込めて、より一層充実した展示を行っています。
スタイリッシュな1階のカフェの中央にある階段を上って2階フロアへ。やや照明を落としたモダンな雰囲気のギャラリーでは、400〜500点もの筆記具が展示されていました。中でも螺鈿や蒔絵が施された万年筆は、まるで芸術品のよう。館長の熊澤久美子(くまざわ くみこ)さんは、「創業者は、日本製の万年筆を輸出したいという思いがありました。そこで日本が持つ最高の塗料だった漆を利用して軸を作り、そこに蒔絵を施して日本ならではの万年筆を作り出したんです」と、蒔絵万年筆が作られた経緯を話してくださいました。
創業してまもなく、その蒔絵万年筆は、イギリスを代表するファッションブランド、ダンヒル社に認められます。「ダンヒル×ナミキ」のダブルネームが製造され、世界的にその名が知られるようになりました。その背景には、後に人間国宝となる松田権六(まつだ ごんろく)氏の存在があったといいます。松田氏を蒔絵指導者として招聘し、職人たちの技術の向上を図ったのです。こうしたエピソードからも、日本の“ものづくり”を世界に発信したいという創業者の強いこだわりがうかがえました。
とはいえ、万年筆は手に取るのも気後れしがち。ところが、熊澤さんは、「漆は天然の塗料なので触らないと艶がなくなってしまうんです。大事にしまうのではなく、触ってもらうことで万年筆も喜んでくれるんです。さらに、何年も使い続けることで自分に合ったペンに育ってくれるんです」と教えてくれました。こうした熊澤さんのひと言で、万年筆を身近に感じることができるようになりました。
▲かつて万年筆の軸を作るために使用されていた「ろくろ」。作業机の下には足踏み板があり、足で調節しながら、削っていく
紀元前4000年から現在に至るまで、年代順に筆記具の歴史を紹介したコーナーや、筆記具の製造工程など、余すことなく筆記具の情報が紹介されているペン・ステーション。「知の道具」の魅力を再発見してみませんか。