ヨーロッパには、美術品が消滅した記憶が生々しく残っています。第二次大戦中、ナチスは占領国やユダヤ人が所有する美術品を没収し、当時の現代美術の一部を「退廃芸術」として焼却しました。最初の展示室には、ナチスの没収を恐れて絵が額から外され、額のみが残ったルーヴル美術館内の写真があります。その正面の、世界の美術品・文化財破壊を記録した写真を壁一面に貼ったものは、マルローの言う「空想美術館」の一例です。その横の、ブラッドベリの小説を映画化したフランソワ・トリュフォー(François Truffaut/1932-1984)監督の『華氏451度』の映像は、この作品と展覧会との関係を明確に示しています。
本展の中で、ドイツのポップアートの旗手、トーマス・バイルレ(Thomas Bayrle/1937-)は、大量消費社会を批判的に取り上げました。彼は個人的な体験から、洗剤の形の油彩画《エイジャックス(Ajax)》を制作しています。新婚当時、潔癖症の家主の女性から清掃をうるさく言われていたバイルレ夫妻は、毎日掃除しても家主を満足させることができませんでした。バイルレは、洗浄を強制するこの女性の態度からナチスの「民族浄化」を想起し、「戦後は、洗剤業界がナチスに代わって、ドイツの主婦たちを国の模範である“潔癖女性”にした」と揶揄しています。洗剤「エイジャックス」の瓶にモップを持った無数の「潔癖女性」がユーモラスに描かれています。バイルレが題材にした「消すこと」は、本展のテーマである「残すこと」と裏表をなしています。何かを物質的に消すことができても、わたしたちからそれについての「記憶」を消すことはできるのでしょうか――。
美術品が消滅しようとするとき、「本物」のみを残したいのか、という問いも投げかけられています。著名な作品を自分なりにコピーすることで知られるエリアーヌ・スターテヴァント(Eliane Sturtevant/1924-2014)がアンディ・ウォーホル(Andy Warhol/1928-1987)の《花》をコピーした《ウォーホルの花(Warhol Flowers)》は、ウォーホルの作品と見まがうばかりです。これを見ると、何が「本物」なのか、を自問せずにはいられません。
この展覧会は、「斬新な企画は作品を見る目を変えさせ、観客が作品以上のものを受け取ることを可能にする」ことを教えてくれます。すでに英独のふたつの美術館を回り、メッスが最後の会場です。ヨーロッパにいらっしゃる方はどうぞお見逃しなく。
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Update : 2017.2.1 文・写真 : 羽生のり子(Noriko Hanyu)
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