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モーリス・ドニ美術館 Musée Départemental Maurice Denis Le Prienuré
Chers Amis
パリ中心部から車もしくはRER(高速郊外鉄道)でおよそ30分、サン=ジェルマン=アン=レーは首都からの小旅行に丁度よい美しい町です。
▲モーリス・ドニ美術館の外観
© Musée départemental Maurice Denis
静かな森に囲まれたこの町は、申し分のない住環境と素晴らしい雰囲気に恵まれた閑静なベッドタウンとしても知られ、名門インターナショナル・スクールがあることもあって、パリ近辺で働く外国人のあいだではことに人気のある町です。広大なイギリス庭園の奥に佇むお城は、ヴェルサイユ宮殿ができる以前にはフランス王家の居城のひとつで、今日、その内部には貴重なコレクションを有する国立考古学博物館があります。
     
▲ドニ美術館。右へ進めば美術館の入り口。左は庭園へと続く道。
© A.de Montalembert

もし、ここサン=ジェルマン=アン=レーでお友だちに会ったり、公園やお城を散策なさるなら、是非モーリス・ドニ美術館にもお立ち寄りいただきたいと思います。「ル・プリウレ(小修道院)」の名で親しまれているこの美術館は、ナビ派の画家たちに捧げられたミュゼ。セリュジエや、ボナール、ヴュイヤール、エミール・ベルナール、そしてナビ派の指導者として知られるモーリス・ドニ(1870-1943)たちが築き上げた芸術の世界が広がります。

ナビ(ヘブライ語で「預言者」の意味)派の画家たちは、デッサンや色を単純化し、物の量感や遠近法を退ける一方で、アラベスク模様について探求し、画面の構成に重点を置くことで絵画の世界を新しくしようと試みました。
公共建築物や教会、劇場などに残された彼らの装飾作品をご覧になれば、芸術の再生を目指したナビ派の特徴がよくお分かりいただけることと思います。また、彼らは当時のポスターや挿絵芸術の世界にも大きな影響を与えました。

このミュゼの建物の歴史は、ルイ14世(1638-1715)とその寵姫モンテスパン侯爵夫人の時代(1640-1707)にまでさかのぼります。王の寵愛を受け、大きな力をもった侯爵夫人はこの領地を買い求め、貧しい人や老いた人々を受け入れる施療院を建てさせたのです。
     
モーリス・ドニがこの館を手に入れたのは1914年のこと。彼はここを「ル・プリウレ(小修道院)」と呼び、パリのシャンゼリゼ劇場の設計で知られる建築家オーギュスト・ペレ(1874-1954)に荒れ果てた建物の修復を依頼しました。やがて、ドニは家族とともに「ル・プリウレ」に暮らすようになり、ここを終生の創作の場としたのです。彼はアトリエに多くの弟子や友人を迎え入れ、芸術活動の場として提供することもありました。

それでは、ミュゼをまわりながら、ナビ派の誕生にとても重要な役割を果たし、当時の知識階級にも大きな影響を与えた画家モーリス・ドニの軌跡を辿ってみることにいたしましょう。まずは『ル・プリウレ前での自画像』という作品をご覧になってみてください。建物の描写には伝統的な遠近法が見られるものの、その色彩表現は自由そのもの。さらに、ここに描かれているのは、いずれもドニ好みのテーマです。それは、家族、家、芸術、そしてキリスト教の信仰です。
▲モーリス・ドニ『木の葉の階段』1892年
油彩 235×172cm
© Musée départemental Maurice Denis
▲モーリス・ドニ『ル・プリウレの前での自画像』1921年
油彩 71×77cm
© Musée départemental Maurice Denis
彼の家「ル・プリウレ」を舞台に、クロッキー帳を手にした芸術家として表されているのがドニ。遠景に描かれているのは、歴代ふたりの妻たち――最初の妻が亡くなった後、ドニは2人目の妻を迎え入れました――そして、テラスの縁に肘をついて下にいる弟や妹を眺めている少女。左奥にある入り口の階段のあたりでは、別の少女が3人遊んでいます。ドニの日常生活に立ち入ったかのような錯覚を覚えさせる作品です。

ドニは数多くの室内装飾作品を手がけました。美術館の2階では、とある邸宅の食堂のために制作された連作壁画が往時のままに組み立てられ、飾られています。『永遠の春』(1908)と題されたこれらの壁画には、地上の楽園にひとりの女性が聖母として表現されています。
そこにあるのは、とても特別で、そしてとても心地よい生きる喜びに満ちた世界─。
         
そうそう、先ほどお話ししたパリのシャンゼリゼ劇場へ、コンサートの折にでも行かれることがあれば、丸天井の円形フリーズにご注目なさってくださいね。音楽の歴史をテーマにした4枚のパネルと4枚のメダイヨンを交互に配した室内装飾があるのですが、これもまた、ドニの手によるものなのです。
     
さて、「ル・プリウレ」、とりわけその礼拝堂にお話を戻しましょう。ドニは礼拝堂の装飾を構想すると、その制作をオーギュスト・ペレに一任しました。そして、ペレが内陣を設計し、内壁や天井のパネリングのデザインする一方で、ドニは多くの芸術家にステンドグラスや壁画制作への協力を仰いでいったのです。「色とは宝石や金同様、ひとつの素材として見るべきものである」という考えをもっていたドニらしく、礼拝堂のステンドグラスは眩いばかりの作品。また、ドニの日常生活と照らし合わせてみると分かるのですが、そこに描かれている人物はみな、ドニになじみのある人々を表しているのです。第一次世界大戦後に宗教芸術を復興させようとする動きがありましたが、この礼拝堂はその好例といえましょう。以来、今日まで変わらず、この礼拝堂は調和と安らぎに満ちた空間なのです。

▲ステンドグラスのある「ル・プリウレ」の礼拝堂
© A.de Montalembert
▲ブールデルの彫刻のある庭園
© A.de Montalembert
インスピレーションの源でもあったこの屋敷をより心安らぐものにしようと、ドニはシンプルな庭園を造りました。3つの景観を楽しむという趣向の庭園で、それぞれが異なる高さに造園されているのです。建物をぐるりと取り囲むのが1段目の庭。かの有名なヘラクレスの像をはじめとするアントワーヌ・ブールデル(1861-1929)の彫刻が飾られていて、美しいテラスは菩提樹とイチイの木に囲まれています。2段目の庭はバラ園と、夏にはショーなどの会場ともなる広大な緑の空間、そして少し低い場所にある3段目の庭には、噴水と泉水があります。
         
もちろん、ここはドニをはじめとするナビ派の画家たちに捧げられた美術館ですので、コレクションそのものも見逃せません。もっとも重要な画家のひとりがナビ派の創始者とされるポール・セリュジエ(1864-1927)。ブルターニュの小村ポン・タヴェンでポール・ゴーギャン(1848-1903)と出会い、インスピレーションを受けたセリュジエは『タリスマン』(1888)という作品を制作しましたが、それは、現代芸術の美に関する新しい理論を打ち出す一枚でした。また、『ルイーズ ブルターニュの女中』(1889頃)という作品では、身を粉にして働くひとりの女性の厳しい現実と苦悩、そしてその崇高なる姿を描き出しました。
     
そのほかのナビ派の画家たちのなかでは、ルイ・アンクタン(1861-1932)の『シャンゼリゼのロータリー』(1889)という作品が印象的でした。前足で地面を蹴る2頭の馬、背景にはエレガントな女性と噴水が描かれているのですが、その浮世離れした色彩には、誰もが魅了されることでしょう。

最後に、エミール・ベルナール(1868-1941)の『クリシー河畔 雪降るアニエールの散歩』にも触れておきたいと思います。人を寄せつけないほどに凍てついた冬景色のなかに描かれるのは飾り気のない産業建造物、そして寒さに震えながら今まさに視界から消えいらんとする通りがかりのふたり──。その世界はなぜか、わたくしの心を惹きつけてやみませんでした。
▲ポール・セリュジエ『ルイーズ ブルターニュの女中』1890年
油彩 73×60cm
© Musée départemental Maurice Denis
         
▲ルイ・アンクタン『シャンゼリゼのロータリー』1889年
紙にパステル 153×99cm
© Musée départemental Maurice Denis
コレクションは、象徴派とナビ派の作品でバランスよく構成されていますので、ミュゼをひと回りなされば、印象主義からフォーヴィスムへの移り変わり、そして現代アートの誕生において大切な役割を果たしたナビ派について、よくお分かりいただけることでしょう。
         

  ▲ブールデルの『弓をひくヘラクレス』のある庭園
© Musée départemental Maurice Denis
  ▲エミール・ベルナール『クリシー河畔 雪降るアニエールの散歩』
油彩 39×59cm
© Musée départemental Maurice Denis
  ▲花咲く美術館の庭園
© A.de Montalembert
 

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Musee Info Plus d' infos
住所
 
2 bis, rue Maurice Denis - BP 5251
78175 - SAINT-GERMAIN-EN-LAYE Cedex
Tel
 
01 39 73 97 41
Fax
 
01 39 73 75 29
URL
 
www.musee-mauricedenis.fr
休館日
 
月曜日、1月1日、5月1日、12月25日
開館時間
 
10:00-17:00(火曜〜金曜日)
10:00-18:00(土日・祝日)
入館料
 
一般:5.30ユーロ
割引:3.80ユーロ
ドニ美術館関連書籍
MMFのインフォメーション・センターでは、モーリス・ドニ美術館の公式カタログ(フランス語)をご覧いただけるほか、パンフレット(フランス語・英語)をお持ち帰りいただけます。
     
サン=ジェルマン=アン=レー基本情報
Saint-Germain-en-Laye
パリの西約20kmに位置する人口約3万8000人の町。12世紀、ルイ6世が築城して以降、ヴェルサイユ宮殿ができるまでフランス王家の居城のひとつが置かれた。作曲家ドビュッシーの生誕地でもあり、ドビュッシー記念館もある。
http://www.ville-st-germain-en-laye.fr/
パリからのアクセス
  車:高速道路でOuest A13, RN190, RN13, N186出口
電車:パリ、リヨン(Garre de Lyon)駅からRER A線で約40分。終点のサン=ジェルマン=アン=レー(Saint-Germain-en-Laye)駅下車。
 
  マダム・ド・モンタランベールについて

本名、アンヌ・ド・モンタランベール。
美術愛好家であり偉大な収集家の娘として、芸術に日常から触れ親しみ、豊かな感性が育まれる幼少時代を過ごす。ブルノ・デ・モンタランベール伯爵と結婚後、伯爵夫人となってからも、芸術を愛する家庭での伝統を受け継ぎ、ご主人と共に経験する海外滞在での見聞も加わり、常に芸術の世界とアート市場へ関心を寄せています。アンスティトゥート・エテュディ・デ・スペリア・デザール(IESA)卒業。
 
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