2016年3月4日、東京・丸の内の三菱一号館美術館で「PARIS オートクチュール―世界に一つだけの服」展(〜2016年5月22日)が開幕しました。春らしい陽気に恵まれた内覧会当日、館内はパリの華やかな雰囲気に包まれました。人が着ることを目的に作られたオートクチュールのドレスを「芸術」として見せる今回の展覧会。“世界に一つだけの服”に織り込まれた豪華にして繊細な美を、たっぷり時間をかけて楽しみたい展覧会です。
三菱一号館美術館で初めて開催されるモードの展覧会である本展の監修を務めるのは、モードの殿堂として知られるガリエラ宮パリ市立モード美術館館長のオリヴィエ・サイヤール(Olivier Saillard)氏です。サイヤール氏は、世界中からキュレーションを請われる、超売れっ子の“スター・キュレーター”。今回の展覧会は、2013年にパリ市庁舎で開催されたサイヤール氏監修の展覧会を見た三菱一号館美術館の高
橋明也(Akiya Takahashi)館長が、その内容にほれ込み、「ぜひ東京でも!」と熱望して実現しました。サイヤール氏もまた、モードを芸術として美術館で展覧したいという高橋館長の情熱に感動し、今回、三菱一号館美術館のためだけに2013年のパリ版の展覧会を再構成したといいます。
サイヤール氏の言葉を裏づけるように、「今回は特例として貸し出したもので、今後ガリエラ宮から外に出ることはない」(サイヤール氏)といわれるバレンシアガのドレスをはじめ、全73点出品されているドレスの内20点は東京展のために新たに加えられたもの。パリと東京という世界の二大ファッションの都をつなぐ貴重な展覧会です。
▲イヴ・サンローランのイヴニング・ドレス(1970年秋冬、ガリエラ宮パリ市立モード美術館蔵)。大胆に開いた背中に施された繊細なレースの技術に目を見張る。隣にはサンローラン(Yves Saint Laurent/1936-2008)自身の手によるデザイン画も展示されている
オートクチュールは、19世紀末にパリが生んだ伝統産業です。「Haute(オート)」とは「高級」、「Couture(クチュール)」とは「仕立て」を意味し、顧客の注文に合わせてデザイナー主導で仕立てる高級服として知られています。もちろんすべてオーダーメイド、すべて手作りで、「小さな手」と呼ばれる多くの職人たちの熟練の技で一着一着仕立てられました。気の遠くなるような時間と費用、さらに高度な技術を必要とするのがオートクチュールなのです。それゆえに、1940年代には100を超えていたメゾン(ブランド店)の数は、プレタポルテ(既製服)の登場により1960年代には激減。現在ではクチュリエ協会の承認を受けているメゾンはわずか14しかありません。
▲アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen/1969-2011)によるジヴァンシィのパンツスーツ(1999年春夏、ガリエラ宮パリ市立モード美術館蔵)。現代イギリスを代表するデザイナー、マックイーンがジヴァンシィ時代にデザインした一着。左右非対称の立体的なデザインが印象的だ
しかしオートクチュールは衰退していくばかりかというと、そうでないのがスゴイところ。1980年代〜1990年代にかけては、ジャン=ポール・ゴルチエ(Jean-Paul Gaultier/1952-)がオートクチュール・コレクションを発表したり、クリスチャン・ラクロワ(Christian Lacroix/1951-)がメゾンを設立したりするなど、新たな世代の参入によって、その芸術的価値が再評価されています。今回の展覧会でも、新旧のメゾンのドレスを対比して展示することで、伝統が現在まで脈々と受け継がれていることが分かります。
三菱一号館美術館の建物は、1894年(明治27年)にイギリス人建築家ジョサイア・コンドル(Josiah Conder/1852-1920)によって設計された丸の内初の洋風事務所建築「三菱一号館」を復元したものです。そのため、一般の美術館とは異なり、小さな部屋が続く特殊な構造をしています。2013年のパリ市庁舎で開催されたオリジナルの展覧会では、大広間にドレスをずらりと並べた壮観な展示が話題となりました
が、当然今回の東京展ではそうした展示方法は不可能です。しかし本展では逆に三菱一号館美術館の独特な建築を生かして、ドレスをまるで彫刻作品のように展示する方法をとりました。そのため、オートクチュールが内包する芸術性がより際立つようになったのです。
また、ドレスは一着ずつトルソーで展示されるわけですが、今回はなんとフランスからドレスを着つける専門のスタッフも来日しました。開幕前には、ドレープの一つ一つを丁寧に形作りながらトルソーに着つけていく作業が連日行われていたといいます。デザイナーや職人の手、そして顧客の身体を経て、再び人の手を介して大切に展示された一着一着からは、高い芸術性とともに人間の温もりも感じることができます。
次ページでは、「オートクチュール展」で見逃せない一着をご紹介します。>>
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