マダム・ド・モンタランベールのミュゼ訪問(3) ジャックマール=アンドレ美術館
MMFのwebサイトをご覧になっているみなさまに、パリから素敵な便りが届きました。差出人は、美術を心から愛するマダム・ド・モンタランベール。日々、美しいもの、真なるもの求める彼女は、四季折々に輝くミュゼの上質な愉しみ方を教えてくれます。フランスへ旅立つとき、このコーナーにお誘いが届いていたら、マダムの隠れ家のようなミュゼに足を伸ばしてみませんか。
ご機嫌いかがですか?

今月わたくしは、パリ8区にある第二帝政時代の壮麗な邸宅、ジャックマール=アンドレ美術館を訪れました。パリ8区は19世紀末のナポレオン3世の時代、知事のオスマン男爵の再開発によって、パリの商業の中心地となった地区。この邸宅は、1869年にエドゥアール・アンドレとネリー・ジャックマール夫妻のために建てられました。夫妻はイタリア・ルネッサンス、18世紀フランス、そしてオランダなどの絵画作品とともに、美術工芸品や家具、タピスリーをはじめとする調度品にいたるまで、美しさを見極める目を持った優れた収集家でした。このミュゼでは、夫妻がわたくしたちのために、それらの名品を残しおいてくれたかのような展示がなされています。

一階には広々としたサロンがいく部屋かあるのですが、かつてこの邸宅で催された贅を尽くしたパーティーでは、とても巧みに仕掛けられた可動式の間仕切りによって、お客様の数にあわせて部屋の広さを調節することができました。“絵画の間”と呼ばれるサロンで、とりわけわたくしを魅了したのは静物画家シャルダン(1699-1779)の「芸術のアトリビュート」と「科学のアトリビュート」という2点の絵画。銅製品のまばゆい輝き、布地の滑らかさ、そこに描かれた様々な質感の確かな存在感に、わたくしは思わずため息をもらしてしまったほど。
これらのサロン、そして“冬の庭”と呼ばれる温室を見てまわると、ほどなく、大理石を見事に設えられた名高い二重の螺旋階段が目の前に現れます。この階段がわたくしを、トロンプルイユ(だまし絵)を好んで用いた18世紀ヴェネチアの画家、ジャンバティスタ・ティエポロ(1696-1770)の壮麗なフレスコ画へと導いてくれました。

さて、引き続いてイタリア絵画のコレクションへとまいりましょうか。
“フィレンツェの間”と呼ばれるサロンに掛けられたボッティチェルリ(1445-1510)の「聖母子像」の、溢れんばかりのみずみずしい優美さを何と申し上げたら・・・このマドンナの湛える母性的な慈愛と柔和さを前に、わたくしはただただ深く感じ入るばかりでした。また、“ヴェネチア派の間”の彩色された格子天井と調度品、絵画のハーモニーは、まるで昔日のヴェネチア総督の治める都に佇む宮殿に迷い込んでしまったかのようです。

ジャックマール=アンドレ美術館では、2006年1月31日まで、フランスの画家ジャック=ルイ・ダヴィッド(1748-1825)の大展覧会が開かれています。ダヴィッドはアンシャン・レジーム後期に生をうけ、フランス革命下では数々の共和国祭典を組織し、ナポレオン1世の首席画家も務めました。長くそして多岐にわたるキャリアにも関わらず、その作品は見事なまでの一貫性に貫かれています。
ダヴィッドは古代ローマの気高い様式と高潔な主題に立ち返ることを賞賛した新古典派の指導者ですが、なによりもまず、1人の偉大な歴史画家でした。そのことは、今回展覧会に出品されている連続する2つの時代を描いた2つの作品をご覧になれば、おわかりいただけることでしょう。
「マラーの死」(1793年)は、革命家マラーがシャルロット・コルディエによって暗殺された場面を力強いリアリズムで表現した絵画ですが、彼がマラーに哀れみの情を抱いたことで、奥深さが与えられています。方や「サン=ベルナール峠を越えるナポレオン」(1801年)では、後の皇帝ナポレオンを予兆し、あらゆる困難に打ち勝つ将軍ナポレオンが称えられています。
優れた肖像画家でもあったダヴィッドは、とても注意深くモデルを観察しました。徹底したリアリティを追い求めた彼の描く肖像画にはモデルとなった人々の人となりが浮かび上がってきます。
例えば「ナントのアントワーヌ・フランソワ伯爵の肖像」(1811年)をご覧になると、国務院評定官の衣装をまとった人物の顔の表現に感銘を受けられることでしょう。また、ナポレオンの姪たちを描いた「ゼナイードとシャルロット・ボナパルトの2人の肖像」では、仲睦まじい2人の若い娘の様子に魅了されるにちがいありません。この作品では、調和のとれた明るい色調のドレスがとりわけ念入りに描かれていますが、襟飾りやレース、王冠型の髪飾りの繊細な描写をご堪能いただけることでしょう。

ドラクロワが“近代芸術の父”と呼んだダヴィッドは、ヨーロッパの19世紀の芸術家たちに、とても大きな影響を与えたのです。

そして、この美術館を訪問されるときには、カフェ・ジャックマール=アンドレに立ち寄られることをお忘れにならないで。ティエポロの天井画が見下ろす、アンドレ家代々のダイニングであったこのカフェはとても人気があるので、ミックス・サラダのランチはいただきたいけれど、待ち時間がご心配とおっしゃるなら、12時30分よりも前にいらしてみてはいかがでしょう。わたくしからのちょっとしたアドバイスです。

友情をこめて。

ジャックマール=アンドレ美術館/ Musée Jacquemart-André
住所 158 boulevard Haussemann
Tel   01 45 62 11 59
Fax   01 45 62 16 36
URL   http://www.musee-jacquemart-andre.com/
アクセス  
メトロ: ミロメニル(Miromesnil)駅またはサン・フィリップ・デュ・ルール(St. Philippe du Roule)駅下車
バス: 22,28,43,52,54,80,84,93
駐車場   オスマン・ベリ(Haussmann Berri) 24時間営業(美術館至近)
開館時間   年中無休、10時から18時まで開館
ジャック=ルイ・ダヴィッド展開催中の月曜は21時30分まで開館。
インフォメーションセンターでは、ジャックマール=アンドレ美術館のアルバムガイド(フランス語/英語)を閲覧いただける他、日本語の解説付きパンフレットもお持ち帰りいただけます。
開催中の展覧会
ジャック=ルイ・ダヴィッド展
2005年10月4日から2006年1月31日まで
詳細はこちら
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マダム・ド・モンタランベールについて
本名、アンヌ・ド・モンタランベール。
美術愛好家であり偉大な収集家の娘として、芸術に日常から触れ親しみ、豊かな感性が育まれる幼少時代を過ごす。ブルノ・デ・モンタランベール伯爵と結婚後、伯爵夫人となってからも、芸術を愛する家庭での伝統を受け継ぎ、ご主人と共に経験する海外滞在での見聞も加わり、常に芸術の世界とアート市場へ関心を寄せています。アンスティトゥート・エテュディ・デ・スペリア・デザール(IESA)卒業。
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