ジャン=ルック・デュフレン氏は、1987年にオートクチュールのデザイナー、クリスチャン・ディオールのメゾン創立40周年を祝す展覧会をグランヴィル市リシャール・アナクレオン美術館で開催しました。この展覧会が成功を収めたおかげで、1991年グランヴィル市は、「Présence
de Christian Dior(クリスチャン・ディオール記念協会)」を設立します。この協会の運営のもと、1997年クリスチャン・ディオール美術館が開館しました。デュフレン氏は、クリスチャン・ディオール美術館の開館当時から現在まで館長を務められています。
ジャン=ルック・デュフレン氏(以下JLD) : 1986年から87年、ディオールの生まれた町であるグランヴィルで、クリスチャン・ディオールは若干忘れられた存在でした。クリスチャン・ディオール公園がありましたが、なぜあるのか本当の理由を人々は知りませんでした。クリスチャン・ディオールがグランヴィルに深い繋がりのあることを思い出させるため、私は、このデザイナーのメゾン創立40周年を記念する大規模な展覧会を企画することを考えました。これが大変な成功を収め、寄贈と購入のおかげでコレクション(ドレス、資料、オブジェ)を創設することもできました。そして、私は、このコレクションは、クリスチャン・ディオールが幼年時代を過ごした家に収蔵されるのが、筋ではないかと考えたのです。
私がこうしたことを思いついたのには、いくつかの理由があります。まず、私の母がクリスチャン・ディオールの従姉妹だったということ。幼い頃に1,2回彼に会ったことがあるので、私は彼の人柄をほんの少しは知っていたのです。とりわけ、彼が回想を綴った本を読み、その中で、グランヴィルの思い出を非常に親しみのこもった口調で語っていて、偉大なクリエーターが自分の出身地とそのように深い絆で結ばれていることに驚いたのです。
「子供は人間の父である("the child is the father of the man")」という格言を、私は深く信じています。特に、若干芸術家肌の人々にとっては。おそらく、子供は人間全ての父ではないかもしれませんが、全ての芸術家の父である、と思うのです。グランヴィルでの青春時代によってクリスチャン・ディオールを説明することは、パリやニューヨークで、このデザイナーの作品によって人々が持つ視線とはまた別の視線に相当する特別なものです。
そのため、私は“記憶の場所”(芸術家の家)というコンセプトに従ってこの美術館構想を発展させましたが、同時に、20世紀モードについて深く考察する場所になることも希望しました。