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ポンピドー・センター所蔵作品展「シャガール―ロシア・アヴァンギャルドとの出会い」〜交錯する夢と前衛〜

 本展は全5章に分かれ、それぞれ明確なテーマのもとに構成されています。ストーリー性豊かなキュレーションをより楽しむために、薩摩先生に各展示室のテーマと注目の作品をナビゲートしていただきましょう! 

ロシアのネオ・プリミティヴィスム

▲鮮やかな黄色の壁面に並ぶシャガールの初期作品。ゴッホやフォーヴィスムの影響を受けた色彩鮮やかな作品だ。

 本展を訪れた方々に最初にお見せするのが、まさに今回のテーマである、<ロシア・アヴァンギャルドの中のシャガール>です。この部屋では、シャガールの初期作品とゴンチャローワとそのパートナーでもあるラリオーノフの作品を対置しています。ロシア・アヴァンギャルドは20世紀初頭、ヨーロッパ美術の影響を脱し、自国の芸術を模索する画家たちが起こした芸術運動でした。画家たちは、スラヴ民族の独自性を主張し、中でもゴンチャローワやラリオーノフは、素朴な民衆の労働などをテーマに多くの素晴らしい作品を描いています。特にゴンチャローワの≪ジャガイモ農園≫(1908-1909年)や≪パンの売り子≫(1911年)などは、初期ロシア・アヴァンギャルドの典型的な作品です。労働者の姿を描いていても、そこに翳りは見当たりません。大地に足をつけて逞しく生きる人々の力強さが、真っすぐに伝わってくるのです。これが初期ロシア・アヴァンギャルドのプリミティフな魅力のひとつでしょう。

▲シャガール作品に相対するように展示される初期ロシア・アヴァンギャルドの作品。写真内中央がゴンチャローワの≪ジャガイモ農園≫。

 ポンピドー・センターを訪れても、この時代の作品は残念ながら、あまり注目せずに通り過ぎてしまうことが多いかもしれません。しかし展覧されている作品は、ロシア本国からポンピドーに寄贈された非常に優れた作品ばかりです。ぜひ、この最初の展示室では、ロシア・アヴァンギャルドの魅力の真髄に触れていただきたいと思います。

 

この部屋では、≪収穫≫(1910年以降)と題されたシャガールの作品も紹介されていました。ひとつの展示室の相対する壁をうまく使って、フランスへ渡った後、フォーヴィスムなどの影響を受けて色彩に目覚めたシャガールと、画家の祖国ロシアで展開されつつあった新しい美術の潮流を対置することで、シャガールの断ち難い故郷への想いまでを感じとることのできる展示室でした。

 

形と光―ロシアの芸術家たちとキュビスム

▲濃い緑の壁面と鮮やかなコントラストをなす≪ロシアとロバとその他のものに≫。

 キュビスムは日本語では「立体派」と訳されています。しかしこの訳は、非常に分かりにくいですよね。キュビスムとはいうなれば、物体を展開図でとらえようという動きです。私たちは物体を見る時に、決してひとつの視点からは見ていません。それまでの絵画は、対象物をひとつの角度からのみとらえた一点透視図法で描かれていました。でも、それでは物ごとの本質を描き出すことができないと考えたのがキュビストたちです。フランスで起こったこの革新的な運動は、ロシアの美術にも非常に大きな影響を与えました。シャガールももちろんキュビスムの洗礼を受けた画家のひとりです。

 そんな時代のシャガールの代表作が、157×122cmという大画面に描かれた≪ロシアとロバとその他のものに≫(1911年)です。暗闇に浮き上がる1頭の牝牛と手桶を持った農婦が、幾何学的に表現されています。あくまでも個人的な感想ですが、1910年代のシャガールの作品は力強く、非常にいいものが多いですね。そして、すでにこの頃から、その後のシャガールの傾向が現れています。ロシア正教会やその入り口に掲げられたイコン、赤い牝牛やロバ……。こうしたモチーフは、彼が故郷ロシアのイメージを前面に押し出した作品に一貫して見られるものです。また、シャガールの色彩センスの素晴らしさも、本作から見てとることができるでしょう。シャガールはじつに多彩な色を使う画家ですが、とくに青と緑の使い方がとてもうまい。力強い漆黒の闇と、巧みな色の使い方を、ぜひ間近で堪能してください。

 

≪ロシアとロバとその他のものに≫は、ピンクやブルーといった夢幻的な色彩を使ったシャガール作品のイメージを、よい意味で裏切ってくれます。その力強い表現に圧倒される非常に印象的な作品でした。

 

ロシアへの帰郷

▲カンディンスキーの風景画の小品。

 1914年の夏、シャガールはロシアにいました。5月にベルリンで初個展を開催した後、故国で夏を過ごしていたのです。しかしこの年、第一次世界大戦が勃発。シャガールはフランスに戻れず、ロシアにとどまることを余儀なくされます。そして翌年、そのままロシアで婚約者のベラと結婚し、故郷ヴィテブスク近郊へハネムーンに向かいました。

▲最愛の妻との幸せな日々を描いたシャガールの作品。左が≪灰色の恋人たち≫、右が≪緑色の恋人たち≫。

 この展示室では、ベラとの幸せな日々を象徴するかのような≪緑色の恋人たち≫(1916-1917年)と≪灰色の恋人たち≫(1916-1917年)をご覧いただけます。ですが、あえてこの部屋で私が皆さんにぜひ見ていただきたいと思うのは、1917年に描かれたカンディンスキーの6点の油彩画です。1914年、カンディンスキーもまた、戦争を機にドイツから革命前夜のロシアに帰国。そして1917年に二人目の妻ニーナと結婚しています。ここに並ぶカンディンスキーの作品はどれも風景画の小品です。カンディンスキーというと、抽象画を思い浮かべる方も多いでしょうが、とても穏やかな故国の風景を描いた珍しい作品です。シャガールは絵画だけでなく、ステンドグラスや壁画の制作といった、多岐にわたる分野で活躍しました。しかしカンディンスキーはただひたすら絵筆1本で勝負しようとした画家。いうなれば“真の意味での画家”です。この6点の作品を通して、そんなカンディンスキーの新たな側面を発見してみてください。

 

シャガールは1920年、スプレマティズムの巨匠マレーヴィチを筆頭に、より先鋭的になっていくロシア前衛美術から距離を置き、教鞭をとっていた故郷の美術学校を去ることになります。この展示室ではマレーヴィチに基づく石膏作品も展示されており、並置して見ることによって、シャガール芸術との間の埋めがたい深い溝も象徴的に提示されています。

 
Update :2010.9.1
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ポンピドー・センター所蔵作品展「シャガール―ロシア・アヴァンギャルドとの出会い」

  • 会期
    2010年7月3日(土)〜10月11日(月・祝)
  • 会場
    東京藝術大学大学美術館[上野公園]
  • 所在地
    東京都台東区上野公園12-8
  • Tel
    03-5777-8600(ハローダイヤル)
  • URL
    美術館
    http://www.geidai.ac.jp/museum/
  • 開館時間
    10:00-17:00
    金曜日は20:00まで
    *入館は閉館の30分前まで
  • 休館日
    月曜日
    *ただし月曜日が祝・休日の場合は開館し、翌日休館
  • 観覧料
    一般:1,500円
    高校・大学生:1,000円
    中学生以下:無料
  • 巡回展(福岡市美術館)
    2010年10月23日(土)〜2011年1月10日(月・祝)
 

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