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ポンピドー・センター所蔵作品展「シャガール―ロシア・アヴァンギャルドとの出会い」〜交錯する夢と前衛〜

 本展は全5章に分かれ、それぞれ明確なテーマの基に構成されています。ストーリー性豊かなキュレーションをより楽しむために、薩摩先生に各展示室のテーマと注目の作品をナビゲートしていただきましょう! 

歌劇「魔笛」の舞台美術

▲それぞれの個性をみごとに表わした衣装デザイン画。

 今回の展覧会は全5章に分けられています。本来はここでW章をご紹介すべきところですが、展覧会の順路に従って、あえてX章からご案内させてください。シャガールは1966年から1967年にかけて、ニューヨークのリンカーンセンターに移転したメトロポリタン歌劇場の新演目のひとつ、モーツァルトの歌劇「魔笛」の舞台美術や衣装デザインを手がけました。今回はそのための下絵群49点をまとめて皆さんに見ていただける、貴重な機会です。ポンピドーでもこれらの作品を一堂に展示した事は過去になく、今回が初めての公開となります。水彩画という非常に脆弱なものを、東京と福岡合わせて約半年間にも及ぶ全期間中、展示できるのは本当に珍しいことなんです。

▲華やかな舞台が再現されたかのような背景幕の素描群。

  「魔笛」の台本で想定されている舞台は古代エジプトです。しかし皆さんよくご存じのように、「魔笛」は、実質的には闇と光のふたつの世界が交錯するファンタジーの物語。それは、まさにシャガールの世界観にぴったりだと思いませんか? シャガールは神話上のエジプトを舞台にしたシカネーダー(Emanuel Schikaneder)の脚本を尊重しながらも、伝統にとらわれることなく、じつに自由に制作しました。夜の女王やその娘パミーナ、異国の王子タミーノ、そして大道芸人を彷彿とさせるパパゲーノなど、個性的な登場人物をカリカチュア風の衣装で表現しています。また、このデザイン画には、実際に使われた舞台衣装の端切れなどもコラージュされていて、資料的な価値も非常に高いものです。

 さらに背景幕の素描シリーズでは、シャガールの巧みな色彩センスが遺憾なく発揮されています。≪背景幕第T幕第1-3-4-5場≫から順に背景幕のデザインを見ていただきますが、ほぼ一貫して青などの寒色系と中間色を基調にして描かれています。そして≪背景幕第U幕第30場 フィナーレ≫、つまり最後の1枚で壮麗な赤の世界が突如として出現するのです。フィナーレに向けて高揚していく音楽の効果をみごとにとらえたシャガールの色彩センスには、本当に驚かされますね。美術ファンの方だけでなく、音楽ファンの方にも、必ず楽しんでいただける展示室です。

 

この展示室では「魔笛」の華やかな音楽が流れる中で、シャガールの衣装と背景幕の下絵群を楽しめます。実際に上演された舞台写真なども展示されているので、シャガールの作品と比較しながら見てみるのも面白いですね。きっとシャガールの多彩な才能に驚かされるはずです。

 

シャガール独自の世界へ

▲正面に見えるのが≪イカルスの墜落≫。左はパリへのオマージュとして描かれたといわれる≪虹≫(1967年)。

 さて、最後の展示室となりました。T、U、V章では、シャガールの生い立ちから第一次パリ時代を経て、ロシアに帰郷する時代までを編年的に追ってきましたが、ここでは、その後のシャガールの歩みを一気にお見せしています。といっても、細々と作品を並べるのではなく、大きな作品で大胆にシャガールの世界観を打ち出しています。とても見応えのある展示室になっていると思いますよ。

 1920年、マレーヴィチとの対立により故郷の美術学校を辞職したシャガールは、1923年パリに居を定めます。しかし1940年、ナチスドイツがパリを占領。ユダヤ人であるシャガールはアメリカへの亡命を余儀なくされます。さらに1944年、アメリカで最愛の妻ベラが亡くなり、しばらく絵筆を握れないほど失意の日々を送りますが、1950年、地中海に近い南仏のヴァンスに居を定めた後は、再び光と色彩の鮮やかさがシャガールの作品に戻ってきます。その後は再婚、パリ・オペラ座の天井画制作、レジオン・ドヌール最高勲章受章など、栄光の中で1985年、97年の生涯を閉じました。

▲右は10年以上少しずつ手を入れながら完成させた≪家族の顕現≫(1935/1947年)。左は妻ベラが亡くなった翌年に描かれた≪空飛ぶアトラージュ≫(1945年)。

 この展示室では、まさに皆さんがイメージするシャガールの世界観を存分に味わっていただけるでしょう。どれも名品ぞろいですが、≪イカルスの墜落≫(1974/1977年)は、シャガールという画家の人生を特に象徴する1枚だと思います。ギリシア神話の登場人物であるイカルスは翼を作り、空を飛ぶことに成功します。しかし有頂天になったのも束の間、太陽に近づきすぎたため翼が溶けてエーゲ海に墜落してしまうのです。この神話が主題になっていますが、シャガールの手にかかると、墜落する場所はエーゲ海ではなく故郷ヴィテブスクを思わせる村。素朴な村人たちが、手を広げ落ちてくるイカルスを見上げています。

 この作品が完成したのは、まさにシャガールがレジオン・ドヌール最高勲章を受章した1977年のこと。シャガールは国際的名声を確立した自分をクールに見つめ、イカルスと重ねたのでしょうか――。90歳になってなお、213×198cmという大画面の作品を完璧に構成し、描き上げるその精神力には脱帽ですね。また、この展示室に並ぶ作品の中には、必ずどこかに故郷ヴィテブスクを思わせる村の風景を見つけることができます。長い人生の大半を異国で過ごしたシャガール。そのカンヴァスからは、家族愛や同胞愛を大切にするユダヤ人としての叫びが痛いほど伝わってくるようです。

 

最後の展示室は壮観のひと言です。大型の作品で、シャガールの絶頂期を辿っています。暗色で描かれた≪村の魂≫(1945年)には、最愛の妻を失った画家の悲しみが、また≪日曜日≫(1952-1954年)には、再び愛する伴侶を得た画家の充足感を感じとることができました。そして圧巻は≪イカルスの墜落≫。展覧会の最後を飾るこの1枚を見た後、シャガールの人生の道程をともに旅したような感覚にとらわれるのは、ストーリー性豊かな本展のキュレーションの賜物だと思います。

 
Update :2010.9.1
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ポンピドー・センター所蔵作品展「シャガール―ロシア・アヴァンギャルドとの出会い」

  • 会期
    2010年7月3日(土)〜10月11日(月・祝)
  • 会場
    東京藝術大学大学美術館[上野公園]
  • 所在地
    東京都台東区上野公園12-8
  • Tel
    03-5777-8600(ハローダイヤル)
  • URL
    美術館
    http://www.geidai.ac.jp/museum/
  • 開館時間
    10:00-17:00
    金曜日は20:00まで
    *入館は閉館の30分前まで
  • 休館日
    月曜日
    *ただし月曜日が祝・休日の場合は開館し、翌日休館
  • 観覧料
    一般:1,500円
    高校・大学生:1,000円
    中学生以下:無料
  • 巡回展(福岡市美術館)
    2010年10月23日(土)〜2011年1月10日(月・祝)
 

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