銀座界隈で出会えるアート
銀座界隈アートスポット巡り vol.4

メゾン・デ・ミュゼ・ド・フランス(MMF)のある銀座界隈には 企業が運営する美術館やギャラリーなどが、数多く点在しています。銀座のMMFにお越しの際、併せて訪問いただきたい、こうしたアートスポットをご紹介してまいります。

第4回 資生堂ギャラリー 〜現代アーティスト、辰野登恵子の新作展〜パリの老舗工房で生まれた石版画

今回は、銀座MMFから歩いて数分のところにある「資生堂ギャラリー」を訪ねました。お目当ては、日本を代表する女性アーティストのひとり、辰野登恵子(たつのとえこ)氏の新作展「抽象?明日への問いかけ」(10月16日まで)。今春、パリの版画工房に滞在した辰野氏が、その成果である石版画(リトグラフ)と、帰国後に制作した油彩画を発表する個展です。オープニング当日の取材では、辰野氏ご本人にその制作秘話などをお伺いすることもできました。

 

ポーラ ミュージアム アネックス

  • 所在地
    東京都中央区銀座8-8-3
    東京銀座資生堂ビル地下1階
  • Tel
    03-3572-3901
  • 観覧料
    無料
  • 開館時間
    平日 11:00-19:00
    日曜・祝日 11:00-18:00
  • 休館日
    月曜日(祝日の場合も休館)
マップ
  • 辰野登恵子展 抽象-明日への問いかけ」
    2011年8月23日(火)〜10月16日(日)
  • アクセス
    東京メトロ「銀座駅」B5出口から徒歩5分、A2出口から徒歩4分。東京メトロ「新橋駅」3番で出口から徒歩4分。
 

辰野氏を新たな境地へと導いたパリの版画工房での一ヵ月とその成果

▲銀座8丁目の資生堂ビル。
地下1階がギャラリー

 今回訪れた「資生堂ギャラリー」は、1919年にオープンした「現存する日本最古の画廊」といわれています。アートの街、銀座を牽引してきた資生堂ギャラリー、日本を代表する女性アーティスト、そしてパリの老舗版画工房──。この3者のコラボレーションでどんな世界が誕生したのか、わくわくしながら、会場へ向かいました。
 会場に足を踏み入れると、まず、鮮やかなばら色を用いた500号の大作が目に飛び込んできました。このほか、会場には透明感溢れる豊かな色彩、あるいはモノクロームの諧調で幾何学的な形を描いた油彩画や版画が並びます。不思議な奥行きと、揺らぎのような動きを感じさせる作品は詩的で、見るものを思わず立ち止まらせる力に溢れています。


▲《ばら色の前方 後方》2011年 油彩、カンヴァス

 作者の辰野登恵子氏は、版画と油彩画、ふたつの世界を行き来しつつ、芳醇な抽象表現を作り出すモダニストとして知られています。今回の展覧会では、その辰野氏が、今春、パリの版画工房に滞在して生まれた作品が発表されているのです。シルクスクリーンの技法を利用した作品で画家としてスタートした辰野氏は、以降もシルクスクリーンや木版、エッチングなどさまざまな版画の技法を用いてきたといいます。今回、初めて挑戦された「本格的な石版画」とは、どのようなものだったのでしょうか。辰野氏ご本人にお伺いしてみました。


▲新作のリトグラフ。左の作品《AIPWIP-9》は、辰野氏が以前に見た翡翠の原石に着想を得たという

▲辰野登恵子氏

「リトグラフのテクスチャーがとても好きで、これまでにもアルミ版とジンク版のリトトグラフは手がけたことがありました。でも、石灰石を使う本格的なリトグラフとなると日本では石を磨く職人さんがいないこともあって難しく、今ではアルミ版が主流になっているんです。今回、この展覧会のためにパリの工房に行くというオファーを資生堂からもらって、初めて挑戦できました。」


「祈るのであれば、私は描こう」東日本大震災を経て、誕生した作品群

▲パリの工房で制作する辰野氏(会場で上映されているスライドより)

 今回、辰野氏が滞在したのは、モンパルナスにある版画工房「イデム(IDEM)」。ピカソやシャガール、ミロ、マティスといったアーティストたちの作品を制作した「ムルロー工房」のリトグラフ機を受け継ぐ工房で、パリでもっとも歴史ある老舗といわれています。辰野氏は今春の2月から3月のおよそ1ヵ月間、毎朝8時から夕方4時までこの工房で制作に励み、新たな表現を模索しました。
 「今思い出しても懐かしい、幸せな日々でした。ルーヴル美術館の近くにアパルトマンを借り、毎朝バスに揺られて工房へ通っていました。」


▲震災を経て、「私は描こう」と決めた辰野氏が到達した2枚の版画《AIWIP-17》(左)と《AIWIP-16》

そして、このパリ滞在中の3月11日、東日本大震災が起りました。
「震災のことを知り、とても動揺しました。新しい技法に挑戦しているときで、気持ちが緊張していたこともあるのでしょう。でも、苦しんでいてもしょうがないから、とにかく私は今、自分にできることをやろうと思い、制作を続けました。」とその時の気持ちを話す辰野さん。その体験を通じて、変わったことを尋ねると、次のような答えが返ってきました。


▲館内では、辰野氏のパリの工房での制作風景などを映したスライドが上映されている

▲石版の不定形な四角に魅了された辰野氏は、石版の形そのものを画面に取り入れた作品を制作した

「絵描きとして、あいまいな部分は残さないように心がけていますが、それでも、どうがんばっても分からない"ある次元"というものがあるんです。でも震災を挟んで、やはり、それをできる限り表現したいという気持ちになりました。祈るのであれば、私は描こう、と。」
 こうして、誕生した作品が、今回の展覧会に出品されているのです。詩情のなかに、力強さを感じさせる作品が揃うのは、辰野氏のこうした思いのせいかもしれません。その美しさは、理屈抜きに見るものの感性に訴えかけ、現代美術に馴染みのない方でも、存分に楽しめる展覧会です。
 「新しい美の発見と創造」を理念に、一貫して非営利の活動を続けてきた資生堂ギャラリー。これまでに開催された展覧会は3,100回を超え、辰野氏のような有名アーティストはもちろん、これから世界に羽ばたこうとする若手作家も積極的に紹介しています。現代アートの最前線を発見しに、是非、足をお運びください。

学芸員からのメッセージ

 現代美術はちょっと難解で、敷居が高いと思われている方もいらっしゃると思いますが、そんなことはありません。当館は入場も無料ですし、1階のパーラーでケーキをお求めになるついでにでも、地下のギャラリーに降りてみていただければ、現代美術が、決して遠くない世界だということがお分かりいただけると思います。銀座にお越しの際には、お気軽にお立寄りください。
資生堂ギャラリー学芸員 森本美穂

 
 

Update : 2011.9.16

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