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Chers amis,親愛なる日本の皆さまへ

昨年の夏、わたくしはフランス南西部の保養地ビアリッツにてバカンスを過ごしました。大西洋に臨み、スペインやバスク地方にもほど近いこの町で見つけたのは、魅力あふれる小さなミュゼ。ビアリッツの歴史を物語るコレクションを有する博物館です。中世から19世紀に至るまで小さな漁港であり、農村に過ぎなかったビアリッツが、国際的なビーチリゾートとして発展を遂げた背景には、皇帝ナポレオン3世(1808-1873)と皇后ウジェニー(1826-1920)の存在がありました。そして、狂乱の時代(1920-1930年)、ビアリッツは海水浴の場として人々の人気を博し、20世紀を通じて世界的に知られるようになったのです。現在ビアリッツは、ビーチのほか、ゴルフコース、タラソテラピーなどの施設を備え、文化や美食という点においても見逃すことのできない観光地となっています。2016年には、「帝政期の町」の称号を得ています。

博物館は1878年に設立された英国国教会セント・アンドリューズ教会内にあります。入口には、1813年から翌年にかけてこの地に倒れた、ウェリントン侯爵率いるイギリス軍の兵士や将校らを偲んだ記念碑があります。教会は1980年まで使われていましたが、その後、ボランティアによって運営されるミュゼへ生まれ変わることになりました。そして、2年間に及ぶ工事を終えた2019年、豊かでバラエティに富んだ5,200点(品物や資料など)のコレクションを所蔵するビアリッツ歴史博物館として開館したのです。

2019年にG7(先進国首脳会議)がビアリッツで開かれた折、安倍首相夫人(当時)は、日本人の捕鯨への関心の高さを踏まえ、この町のミュゼを見学することを希望しました。実際、ここビアリッツ歴史博物館には、鯨の椎骨、鯨漁の場面や6mもある巨大なシロイルカの写真など、ビアリッツの漁師たちが捕鯨をしていた時代の記録としての品々がたくさん展示されているのです。捕鯨はビスケー湾にたくさんの鯨が生息していた中世に遡る風習です。けれども時代が下るにつれて鯨の数は徐々に減少し、猟師たちはアイルランド沖や新大陸までタラ漁に出ることを余儀なくされました。そして、18世紀以降、漁業は衰退してしまうのです。

では、ミュゼの見学へと参りましょう。展示は、教会の中央身廊がメインになっています。内陣と説教壇は別の場所に移され、引き立つように展示されています。ビアリッツの歴史を辿る展示が通路沿いに展開し、円柱にはたくさんのイラストが飾られています。始まりは、14世紀のふたつの印章と1764年の地図、そして1896年に採用された町の紋章。18世紀のビアリッツ住人が被っていたというかわいらしい白い帽子にも注目なさってください。

Update : 2021.4.1

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