日本から遠く海を越えたフランス、セーヴルの地で、
日本陶磁の粋を集めた展覧会が開催されています。
それらの作品に宿る「伝統と革新」の精神は、
フランスが誇る名窯セーヴルのそれと驚くほどぴったりと重なります。
出展作品や展覧会会場の模様をレポートしましょう。
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©Andreas Licht
▲「陶磁」の展覧会会場
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最上階の特別展会場では2月26日まで「TÔJI(陶磁)」展が行われています。これは日本の陶磁器の戦後から現在までの歴史を統括するもので、「アヴァンギャルドと伝統」という副題がついています。伝統を踏まえつつ、世界の影響を受けながら現代の作家がいかに独創性を養ってきたのかを一望する画期的な内容です。この展示を企画、準備したのはクリスティーヌ・清水(Christine Shimizu)さん。京都で陶磁器のことを勉強し、ギメ美術館を経て、現在はセーヴル美術館の主任キュレーターを務めています。
「陶磁器の世界では日本はリーダー的存在です。まず新しい色やフォルム、素材などを追求する姿勢が抜きん出ています。素晴しい伝統はすでに有名ですが、現在でも変わらずに探求し続けている日本陶磁の世界を広く知らしめる機会になればと思います」と語ってくれました。出展されている作品のほとんどがヨーロッパの美術館や個人収集家が所蔵しているもので、日本の現代作家の作品が世界に広く受け入れられている嬉しい証明でもあります。
▲クリスティーヌ・清水さん。
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▲伊藤公象、浅井忠、沼田一雄の作品が並ぶ展覧会のロビー
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展示会場前のロビーは、日本の伝統陶磁とセーヴル窯との出会いの場です。東洋と西洋の邂逅ともいえます。中央にインステレーションされた伊藤公象の「土の襞」は素焼きの陶器を650個並べたもので、円周のあたりの陶器はひしゃげ、中央になるにしたがいまっすぐに立ってきます。これは優れたものを作り上げる苦難の過程を象徴しています。その向こうには、1900年に最初の外国人として国立セーヴル窯で働くことを許された沼田一雅の素焼きの人形が並んでいます。
2年間セーヴルで働いた後、帰国した沼田は、生地を石膏の型に入れて成型するという西洋の方法を日本に伝えました。ここに並んでいる人形は石膏型によってセーヴルで制作されたものです。また壁にはフランスで絵の修行をし、日本初期の西洋画家として有名な浅井忠が描いた絵付けの図案もかかっています。浅井忠は世間がアール・ヌーヴォーからアール・デコへと変わる時代、時代遅れに見える日本の伝統的な図案に代わるものを、という意図でこうした図案を描いたといいます。浅井忠が目指したものは日本の意匠が世界の中で認められ続けることでした。展示会の入り口には八井孝二がセーヴルで焼き上げた黒いパンサーが2頭向かい合って見学者を迎えてくれます。
▲沼田一雅のビスキュイ(素焼き)人形。
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▲展覧会場に出現した枯山水の庭。
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展示会場には、パリ郊外のアルベール・カーン博物館の日本庭園を手がけたナルセ・ヒロシによる枯山水の庭が誕生しました。「まるで竜安寺のようだ」とフランス人にも大好評です。水の流れを模して縄が使われていますが、これは日本の陶器の歴史の始まりといえる縄文時代へのオマージュでもあります。
最初のコーナーでは1920年から50年までの日本が誇る陶磁界の大作家の紹介が行われています。北大路魯山人から始まり、人間国宝の浜田庄司や清水卯一、また山田常山、石黒宗麿、六代目清水六兵衛などの、日本の陶磁の伝統を踏まえた素晴しい技をもつ作品を見ることができます。
次のコーナーは1947、48年に京都で興った陶磁の革新を図る2つの会派、四耕会と走泥社が取り上げられています。伝統的陶磁器は食器や花器など、生活に使用される実用品でもあったわけですが、ここでは純粋にオブジェとしての陶磁が登場します。陶磁を純粋芸術としてとらえようという動きです。ピカソ、クレー、ミロなどの影響やフランスの陶器の街、ヴァロリスなどとの交流を経て、抽象的で彫刻的な作風が生まれています。鈴木治や山田光、林康夫、八木一夫などの作品が並んでいます。
▲北大路魯山人の作品。
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▲山田常山や清水卯一の作品が並ぶコーナー。
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▲埴輪などからインスピレーションを受けた鈴木治の作品。
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▲山田光の作品『銀幕』。
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▲「オーガニック」がテーマのテーブル
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1960年代後半からは世界的にポップ・アート全盛となり、日本の陶磁もそれに沿うかのようにより斬新で、挑発的な作品が多くなります。鮮やかな色を陶磁に使った柳原睦夫、環境問題や消費社会批判を作品のテーマに取り上げた中村錦平、また女性が火を扱うことを忌み嫌った陶磁世界の慣習を破って、70年代からは坪井明日香などの女性作家も登場してきました。
この時代以降、日本陶磁のバリエーションはますます広がりを見せます。展覧会は自然からインスピレーションを受けた作品を集めた「オーガニック」、またキュビスムの作品など、テーマ別にテーブルが設えられ、この他にも紙を焼いたもの、生地を吹き付けたものなど、新しい質感やフォルム、色、技術を追求した作家たちの作品を展示しています。
▲伊藤知香の作品。
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また1980年代からは型取りした陶磁のオブジェも増えてきます。それによって作品に多様性が生まれました。陶磁の庭を抜け、展示の最後に置かれているのは、伊藤千香の素焼きのトランクです。
「この展示会を見ると日本に行きたくなるでしょう?」とクリスティーヌさん。陶磁器愛好家への「ボン・ヴォヤージュ」のメッセージがここにこめられています。
田中久美子(文)/Andreas Licht(写真)
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所在地
Place de la manufacture, 92310 SÈVRES
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Tel
+33(0)1 41 14 04 20
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開館時間
10:00-17:00
※但し、木曜日は21:00まで開館
土・日曜日:10:00-18:00
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休館日
火曜日、祭日
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入館料
一般:4.5ユーロ
割引:3ユーロ(18-25歳など)
企画展期間中はさらに1.2ユーロ増し
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アクセス
メトロ ポン・デ・セーヴル駅(Pont de Sèvres)下車。
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展覧会情報
200611.17-2007.2.26
「陶磁(TÔJI)」
2006.10.11-2007.1.8
「セーヴル、1756年」
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周辺情報
ヴェルサイユ及びトリアノン宮殿美術館
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*情報はMMMwebサイト更新時のものです。予告なく変更となる場合がございます。詳細は観光局ホームページ等でご確認いただくか、MMMにご来館の上おたずねください。