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装飾芸術美術館
  MMFのwebサイトをご覧になっているみなさまに、パリから素敵な便りが届きました。差出人は、美術を心から愛するマダム・ド・モンタランベール。日々、美しいもの、真なるものを求める彼女は、四季折々に輝くミュゼの上質な愉しみ方を教えてくれます。フランスへ旅立つとき、このコーナーにお誘いが届いていたら、マダムの隠れ家のようなミュゼに足を伸ばしてみませんか。  
親愛なる日本のみなさまへ
今日は、パリの歴史地区の中心に位置する『装飾芸術美術館』についてお話いたしましょう。このミュゼがあるのはリヴォリ通り沿いに建つルーヴル宮殿マルサン館。ナポレオン1世の命を受けて1850年に完成した建物で、南にはカルーセル庭園が広がっています。
  ▲カルーセル公園に面した装飾芸術美術館
©A.de Montalembert
       
装飾芸術美術館にはいくつかのミュゼが併設されていますが、数日前、そのひとつの『モード美術館』を訪ねてみました。このミュゼでは、半年ごとにテーマを変えながら常設コレクションを公開していて、わたくしが訪れた折には17世紀から今日までの男性のファッションに関する展示が行われていました。ファッションというと女性の美しさと魅力を引き立たせるためのもの、女性だけのものと考えられがちですが、この展示をご覧になれば、17〜18世紀には殿方たちもまた、美しく着飾っていたのだということがお分かりいただけると思います。
     

▲『ルイ14世の肖像』
Musée du Château de Versailles
©Réunion des Musées Nationaux, 1986
年代順に展示されたコレクションを辿ってご覧になると、男性ファッションの変遷が手に取るように分かります。そして、つくづく実感させられましたのは、男性ファッションの発展においてルイ14世と当時の宮廷が果した役割がいかに大きかったかということ。美しく着飾った太陽王自らが宮廷バレエや演劇などの舞台に立ち、宮廷人が絢爛たる舞台に夢中になるなかで、色鮮やかなシルクやビロード、サテンといった生地に、刺繍やレース、リボンで優美に装飾を施したお洒落が流行していったのですから。フランス・モードの象徴としてヨーロッパ中でもてはやされた当時のスタイルは、『ルイ14世肖像画』(1679年頃)に余すところなく描かれています。王はキュロットと赤いストッキングをはき、プルポワン(首からウエストまでの胴衣)の袖には金や銀の糸で精緻な刺繍が施されています。
         
18世紀になり新しい機織技術が登場すると、ジュストコール(上衣)、内着、キュロットからなる「アビ・ア・ラ・フランセーズ」と呼ばれるスタイルは、さらなる進化を遂げようとしていました。ところが、革命を数年後にひかえた頃、男性の服装はイギリスの影響を受け、きらびやかさを失ってしまうのです。とは申しましても、縞模様の生地やボタン、目まぐるしく流行の変わったジレ(ベスト)には殿方たちの遊び心が顔をのぞかせていますし、制服や軍服、上流階級の使用人のお仕着せなども、いまだ華やかな趣を残していました。

19世紀に入り市民社会が成立すると生活様式も変わり、男性の装いはますます飾り気のない地味なものになっていきます。
左:▲装飾が美しいベスト(1769年頃)
Dépôt du musée national du Moyen Age-Thermes de Cluny,
©Jean-Paul Leclercq
右:▲刺繍が施された華やかな夏物のアビと色鮮やかなジレ(1785-1790年)
Collection Les Arts décoratifs
©Jean-Paul Leclercq
着こなしは優雅ではあるものの、身に着けるルダンゴト(フロックコート)やジャケット、アビ(礼服)、背広などはいずれも黒一色。美しい装飾はジレや内着の中でだけでひそかに楽しむものになったのです。
     

▲ジョン・ガリアーノの2005年秋冬コレクション
©Patrick Stable
今日では、西洋のみならず世界的に見ても「スリー・ピース・スーツ」が男性の象徴的なファッションのひとつとなりました。男性ファッション華やかなりし頃の名残といえば、ネクタイの多彩さぐらいでしょうか。それでも、80年代以降のオートクチュールの分野では、男性の装いに華やぎを与えようという試みがなされるようになりました。アンシャン・レジームとダンディズムの時代から受け継がれてきた絢爛たる男性ファッションの復活というわけです。またその一方で、ストリート・ファッションや、ヨーロッパ以外の国々の民族衣装からインスピレーションを受けるデザイナーたちもいます。たとえば、2005年の秋冬コレクションでインド風の服を着た男性モデルを、次々とショーの舞台に送り出したジョン・ガリアーノのように。

ガラスケースを覗くと、古い時代の衣装のすぐ隣に現代の流行モデルが置かれています。時代を無視したような見せ方ですが、一見関連のないようでいて、時を越えて服飾史の流れを見てとれるものもあって、とてもオリジナリティのある展覧会に仕上げられていました。
         
せっかく装飾芸術美術館に来られたのですから、是非、2階にある『宝飾展示室』にも立ち寄ってみてくださいね。常時1200点ものジュエリーが展示され、わたくしたちを中世から今日に至るまでの華麗なる宝飾史の世界へと誘ってくれます。
最初の部屋にはアンティーク・ジュエリー、その次の間にはモダン・ジュエリーが収められています。室内の明かりは落とされていて、壁一面に設えられた大きなガラスの展示棚から放たれる光によって宝飾品が闇の中に浮かび上がります。こうすることによって、ひとつひとつのジュエリーの美しさがなおのこと引き立つのでしょう。この展示室で、皆さまが関心を寄せられるのは、おそらく18世紀の宝石細工とアールヌーヴォー・コレクションでしょうか。

18世紀は、宝飾の技術がめざましい進歩を遂げた時代でしたが、その実りのひとつに「セヴィニエ型」と呼ばれる蝶結び形のモチーフがあります。ダイヤモンドやエメラルド、サファイヤなどが優美な曲線を描くようにちりばめられ、金色に輝くブローチやネックレス、イヤリング──。その美しさには思わずため息をついてしまうほどです。
     
とりわけ目を引くのはアールヌーヴォー様式の宝飾品の数々。宝飾師アンリ・ヴェヴェール(1854-1942)のコレクションに『やどりぎ』(1900)という作品がありますが、べっ甲、金、パール、エマイユがあしらわれたこの櫛の精緻な美しさには、必ずや皆さまも心奪われることでしょう。また、モダン・ジュエリーの創始者ルネ・ラリック(1860-1945)の作品も数多く展示されていますが、初期の作品には日本美術の影響が色濃く表れています。なかでも印象深いのは、かの有名な『くちづけ』(1904-1905)。ラリックが、イギリスで出会ったある若い女性への秘かな愛の証として作ったというブローチです。
左:▲アンリ・ヴェヴェール『やどりぎ』(1900年)
Les Arts Décoratifs, musée de la Mode et du Textile
©Laurent Sully-Jaulmes
右:▲ルネ・ラリック『接吻』(1904−1906年)
Les Arts Décoratifs, musée de la Mode et du Textile
©Laurent Sully-Jaulmes
         
この他のコレクションもとても興味深いので、お見逃しにならないでくださいね。たとえば、ニッシム・ド・カモンド(1860-1935)が寄贈した55本のネクタイピン。なかには2cmにも満たないほど可愛らしいものもあるこのコレクションは、1870年から1889年にかけて名高い宝飾店ブシュロンによって作られたもので、色とりどりの天然石が何十種類も用いられています。フォークの上にねずみを載せたピンは、エマイユを一部に施した金属と金、パールで出来上がっているのです。その精巧な細工は、目を見張るほどの素晴らしさです。

親愛をこめて。
     
アンヌ・ド・モンタランベール

  ▲ジャンヌ=ダルク像の立つ、ルーヴル宮殿マルサン館前。
©A.de Montalembert
  ▲シルバーと金緑石を用いて作られた蝶結び形のブローチ(18世紀フランス)
Les Arts Décoratifs, musée de la Mode et du Textile
©Laurent Sully-Jaulmes
  ▲ニッシム・ド・カモンドのタイピン・コレクションのひとつ
Les Arts Décoratifs, musée de la Mode et du Textile
©Laurent Sully-Jaulmes
 

Musee Info 館内にてご自由に閲覧いただけます。
住所
 
107, rue de Rivoli, 75001 PARIS
URL
 
www.lesartsdecoratifs.fr
アクセス
 
メトロ:パレロワイヤル・ミュゼ・ド・ルーヴル(Palais-Royal Musée du Louvre)、チュイルリー(Tuileries)、もしくはピラミッド(Pyramides)駅下車
バス:21,27,39,48,68,69,72,81,95番
休館日
 
月曜日
開館時間
 
11:00-18:00(火曜-金曜日)
10:00-18:00(土曜・日曜日)
ミュージアムショップ 《107 Rivoli》
 
毎日10:00-19:00
入館料
 
6ユーロ
開催中の展覧会
 
「着飾る男性」展 2006年4月30日まで
2006年7月からクリストバル・バレンシアガ回顧展開催予定
装飾芸術美術館全体は現在改装中(2006年9月に再オープン予定)ですが、宝飾展示室と併設のモード美術館、広告博物館は通常通り開館しています。
装飾芸術関連書籍
MMFのインフォメーション・センターでは、装飾芸術美術館とモード美術館のカタログや、「着飾る男性」展、宝飾展示室のパンフレット(フランス語)をご覧いただけます。
 
  マダム・ド・モンタランベールについて

本名、アンヌ・ド・モンタランベール。
美術愛好家であり偉大な収集家の娘として、芸術に日常から触れ親しみ、豊かな感性が育まれる幼少時代を過ごす。ブルノ・デ・モンタランベール伯爵と結婚後、伯爵夫人となってからも、芸術を愛する家庭での伝統を受け継ぎ、ご主人と共に経験する海外滞在での見聞も加わり、常に芸術の世界とアート市場へ関心を寄せています。アンスティトゥート・エテュディ・デ・スペリア・デザール(IESA)卒業。
 
 
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