日本語 Francais
 
Chers Amis
去る2月、トロワの街でかの有名なレヴィ(繊維業界の大事業家、1907年生まれ)コレクションのオークションが開かれました。これまで一族が保管していた960点もの品々が出品されるとあって、たいへんな話題になったオークションです。そのせいでしょうね、わたくしたちの足は、ごく自然にトロワの近代美術館へと向かいました。このミュゼには、ピエール・レヴィと1994年に亡くなった妻ドゥニーズが1976年にフランス国家に寄贈した、類い稀な作品の数々が収められているのです。20世紀後半から60年代までの作品2000点──。それは、フランスの美術館がかつて受け入れたことのない規模の寄贈でした。
▲トロワ近代美術館。
©A. de Montalembert
       
▲町の中心にあるサン・ピエール広場。
©A.de Montalembert
わたくしたちは、絵画を専門とする友人、そして日本人の友人とともにトロワへ向かいました。パリから高速道路で1時間半──わたくしたちの乗る車は、中世とルネサンス時代の面影が色濃く残るシャンパーニュ地方(そのお酒で世界中に知られています)の街へと辿り着きました。
         
北欧(オランダ、ベルギー…)とイタリアを結ぶ街道筋に位置するトロワは、古くから商業の伝統をもつ街です。中世(12〜13世紀)以来、シャンパーニュ地方はその「大市」で知られていました。大市は絹製品や古物を取引する商業的な場であると同時に、知的・宗教的な交流の場でもありました。

トロワが繁栄の時代を迎えたのは、紡毛織物やビロードといった繊維産業が発展したルネサンス期のことでした。すでに1505年には、ニット帽や手編み靴下の最初の製造業者が誕生していたそうです。そして18世紀、この街はニット製品の生産が盛んになり、その後約1世紀にわたって、その中心地として国際的に知られるようになりました。ニット製品は70年代に入ると衰退しますが、トロワはそうした現実にも柔軟に対応し、商業的なエネルギーとその存在感を保つことができたのです。

     
在りし日の姿をそのままに留めた歴史地区を散策すれば、誰もがその建築物の美しさに驚かれるでしょう。とりわけ大聖堂とサント・マドレーヌ教会の彫刻やステンドグラスは見事です。細い路地に入ると、樫の梁に荒壁土(土とわらを混ぜたもの)の塗られた家々もありますが、16世紀の木骨作りのこうした家屋はどれも傾いているのです。ここに暮らす方たちは、きっと、路地を挟んで家から家へものを手渡しているに違いありません!
▲美術館から望む木骨造りの家々。
©Musée d'art moderne de Troyes
         
▲大聖堂の脇にある美術館の入口。
©A.de Montalembert
心地よい散策を楽しみながら、道々進んでゆくと大聖堂と旧司教館に辿り着きます。大聖堂と隣接する旧司教館が、今回皆さまをご案内するトロワ近代美術館です。
建物は完全に改築されていて、一部にはルネサンス様式や17世紀の翼も取り入れられ、正面のペディメントには建設を命じた司教の紋章の飾りが施されています。それでは、美しい中庭を通りミュゼの中へ入ってみることにいたしましょう。エントランスからふと外を眺めると手入れの行き届いた庭があります。司教館健在なりし頃は菜園だったそうですが、今は、静かで心安らぐ環境で彫刻を鑑賞するための場所になっています。
         
建物を入ると壮麗な階段がふたつ──ひとつは16世紀の彫刻が施された木製の階段、もうひとつは17世紀の石造の階段です。また、17世紀の彫刻が施された木製の暖炉も存在感をたたえています。
▲彫刻が配された美術館の庭。
©A.de Montalembert
         
1982年、この美術館は、レヴィ夫妻がフランス国家に寄贈したコレクションを受け入れ、一般公開することになりました。レヴィ夫妻は寄贈の際に、愛着のあるトロワにコレクションを残すこと、そして完全な形で展示することを条件にしました。彼らは海外に貸し出すことのできない作品を特定するようなこともしませんでした。ですから、日本でもいくつかの作品を展示することができたのです。40年という歳月をかけて夫妻が築き上げたコレクションは“選りすぐりの収集”であるからこそ価値があるのです。
     
▲モーリス・マリノ《四角形の香水瓶》1932年
©Musée d'art moderne de Troyes
ピエールとドゥニーズはもちろん、自らの琴線に触れる作品に惹かれましたが、折衷主義の考えをもっていましたので、一時の流行に左右されることを望みませんでした。夫妻が美術品を収集するうえで、後に親友となるふたりの芸術家に相談したのはそのためだったのでしょう。
モーリス・マリノ(1882-1960):絵画よりもその見事なガラス工芸で知られています。この美術館でも鑑賞できますが、とりわけ《四角形の香水瓶》(1932)のフォルムは素晴らしく、非常に革新的な構想力が伺えます。
アンドレ・ドラン(1880-1954):教養豊かな偉大な画家。
         
このようにして夫妻は、ドランやニコラ・ド・スタール(1914-1955)、ベルナール・ビュッフェ(1928-1999)、バルテュス(1908-2001)といった芸術家の初期の作品を購入し、多くの芸術家のパトロンとなりました。コレクションの中心は絵画でしたが、彫刻やガラス工芸品、原初美術にも興味を示しました。彫刻はエドガー・ドガ(1834-1917)やマイヨール(1861-1944)、そして《道化》(1905)で大きな成功を収めたピカソ(1881-1973)の作品に関心があったようです。
     
1階には、ギュスターヴ・クールベ(1819-1877)やドガ、オノレ・ドーミエ(1808-1879)といった19世紀の巨匠たちがとてもよく紹介されていました。しかし、わたくしたちの心を捉えたのは、ジョルジュ・スーラ(1859-1891)の小さな絵《釣り人たち》でした。この作品は、かの有名な《グランド・ジャット島の日曜日の午後》(1886)の習作で、スーラは点描の技法を用いて極めて繊細な色彩表現に到達しました。とりわけ素晴らしいのは、水面の反射の描写です。そして、魚がかかる瞬間を待つ釣り人たちの静かで平和な佇まい──これが永遠というものなのでしょうか。

ナビ派の画家エドゥアール・ヴュイヤール(1868-1940)とピエール・ボナール(1867-1947)の作品も見逃せませんが、この美術館のいちばんの見どころは「フォーヴィスム」の芸術家たちの傑作の数々を集めた展示室。この部屋を見るだけでも、このミュゼに足を運ぶ価値があるといえましょう。
▲バルテュス《田舎の風景》1925年
©Musée d'art moderne de Troyes
         
▲ジョルジュ・ブラック《レスタックの風景》1906年
©Musée d'Art Moderne de Troyes - Daniel Le Neve
フォーヴィスムの画家たちは印象主義から脱するために、原色を用いた激しい筆触で、対象を極めて単純化して捉えました。そして、1905年のサロンで彼らの作品は、<色彩が野獣のように吼えている>と評されたのです。この<吼えるような色彩>は、ジョルジュ・ブラック(1882-1963)の《レスタックの風景》(1906)によく表されています。鮮やかな緑とオレンジを使ったこの作品を前に、わたくしは陽光輝く南仏に思いを馳せずにはいられませんでした。
         
アンドレ・ドランは1905年にアンリ・マティス(1869-1954)とコリウールで一夏を過ごし、《コリウールの港》(1905)という傑作で色彩を炸裂させました。ヨットの白、ほとばしる奔放な色彩──そこに表現されているのは、南仏のうだるような暑さそのものです。彼は、画商アンブロワーズ・ヴォラール(1866-1939)の助言に従って赴いたロンドンで、1905年から1906年にかけて2枚の素晴らしい絵を描きました。
《ビッグベン》:デフォルメされた建造物に非現実的な色彩。イギリス人画家ターナー(1775-1851)の作品を思い起こさせる1枚です。
《ハイド・パーク》:くすんだ、強烈な色は平坦に区分され、人物たちは踊るように描かれています。その力強さと優雅さは感動的なほどです。
▲アンドレ・ドラン《コリウールの港》1905年
©Musée d'art moderne de Troyes
         
以前皆さまにご紹介した「ラ・ピシーヌ、ルーベ工芸美術館」で素晴らしい回顧展が開かれたばかりのエミール・オットン・フリエス(1879-1949)は、《ラ・シオタ風景》(1907)という作品で、起伏に富んだ景色をうねるような線で描いていますが、そこにも衝撃的な色が使われています。そして、フォーヴ時代のモーリス・ド・ヴラマンク(1876-1958)の作品を見たときの、わたくしたちの驚きがいかほどであったか──世に知られているヴラマンクの作品はどれも暗くて物悲しい色遣いのものばかり。ところが、この作品は色彩に溢れていたのです。

棚に並べられたコレクションは、1925年前後の多数の芸術家の作品に及んでいます。ロジェ・ド・ラ・フレネー(1885-1925)、アンドレ・マレ(1885-1932),シャルル・デュフレーヌ(1876-1938)……特筆すべきはロベール・ドローネー(1885-1941)でしょうか。名高い《走者たち》(1924)は、スポーツという斬新なテーマを色と動きを駆使して描いた傑作です。スーチン(1893-1943)やモディリアーニ(1884-1920)、ルオー(1871-1958)といったエコール・ド・パリの表現主義の画家も紹介されています。

そして、予想もしていなかった出会いもありました。このコレクションにはアフリカ美術も数多く含まれているのです。彫像や仮面、その他のオブジェは窓のない展示室に集められ、照明の明かりによってその美しさを引き立てられています。ヴラマンクやドラン、マティスといった芸術家たちは、20世紀初頭にアフリカの植民地からフランスにもたらされたこれらの品々を収集し、研究し、そして原初美術を広めていったのです。
     
近代美術館では、トロワの産業遺産と関わりのあるストッキングをテーマとした創立25周年記念展「皮膚すれすれに」が、フランス文化省の後援のもとに開かれています。ストッキングの歴史を辿ることで、19世紀から今日に至るまでの女性のイメージと流行の変遷を追うという過去に例のないテーマの特別展です。ここで展示されているポスターや絵画を通じて分かるのは、ストッキングが女性の行動にいかに影響を与えてきたかということ。女性は重ね着から自由になるにつれて、少しずつ行動様式を変えていったのです。

▲トゥールズ=ロートレックのポスター《ジェーン・アヴリル》。
© Musée d'art moderne de Troyes
  ▲ロレンツィのポスター《D.Dストッキング》。
© Musée d'art moderne de Troyes
         
▲花の装飾のついた黒いストキング。
©Musée d'art moderne de Troyes
《タイツをはく踊り子》(1921-1931)のドガやクールベ、また、黒いストッキングをぴったりと履いたフレンチ・カンカンの踊り子ジェーン・アヴリル(1868-1943)のポスターを描いた作家たち、そしてヴァン・ドンゲンやルオー……彼らは、セミ・ヌードの女性の姿をごく親密な雰囲気で捉えました。こうしてストッキングは誘惑の道具となりエロティシスムの象徴となったのです。

この特別展が成功した背景には、その展示方法の効果もあるようです。透明で扇情的なベールで展示室を装飾することで、ストッキングと芸術家の作品が見事に共鳴したのです!また、「舞踏からフレンチ・カンカンへ」「娼婦」「女性の内なる世界」といった6つのテーマに基づく展示もひじょうに分かりやすかったように思います。
         
今回の展示品のなかで、とりわけわたくしが心惹かれたのは、ベル・エポックのストッキングでした。刺繍を施し、石やパールをあしらった夜会用のストキング──これほどまでに豪華で洗練されたストッキングがあるでしょうか。

また、ストッキングの変遷も辿ることができます。縫い目のない「シームレス・ストッキング」から「パンティ・ストッキング」、そしてストレッチ素材「ライクラ」などの新素材の登場で、ストッキングはより伸縮性に富んだ透明感のあるものとなりました。そして、パリのランジェリー・デザイナー、シャンタル・トーマスがレース入りのストッキングやタイツを発表したことで、ストッキングはそれ自体が洗練されたアクセサリーのようなランジェリーとなり、かつての気品を取り戻すことができたのです。

ストッキングはフランス市場では低迷していますが、トロワのニット産業は今なお活発です。その評価に貢献しているのが、トロワに生産工場をもつラコステやディオールといった老舗ブランド。工場直売店では、アウトレット商品がとてもお求めやすい価格で手に入りますので、ぜひ一度ご利用になってみてはいかがでしょう。

友情をこめて。
     

▲木組みの梁をいかした展示室。
© A.de Montalembert
▲美術館の入り口。
©A. de Montalembert
▲ガラス工芸品の飾られた展示棚。
©A. de Montalembert

haut de page
Musee Info Plus d' infos
所在地
 
14 place Saint-Pierre
10000 TROYES
Tel
 
33 (0)3 25-76-26-80
Fax
 
33 (0)3 25-76-95-02
休館日
 
月曜日、1/1、5/1、11/1、11/11、12/25
開館時間
 
10:00-13:00/14:00-18:00
入館料
 
一般:5 ユーロ
18歳以下、および25歳以下の学生:無料
団体(12 人以上):2.50ユーロ
毎月第1日曜日は無料(特別展を除く)
※館内はバリアフリーです。
アクセス
 

以下いずれもトロワまでの所要時間は1時間半。
パリから:高速道路A5 (E54)
カレーとランスから:高速道路A26 (E17)
電車
パリ東駅(gare de l’Est)から1時間半。
フランス国有鉄道(SNCF)の駅から観光案内所までは数メートル。町の中心地も近距離。
展示会期間
  皮膚すれすれに
A fleur de peau
会期:2007年3月17日〜6月30日
Plus d' infos
MMFのインフォメーション・センターでは、トロワ近代美術館の過去の特別展の図録(フランス語)やパンフレット(英語・フランス語)をご覧いただけます。
     
トロワ基本情報
Troyes
フランス中東部シャンパーニュ地方、オーブ県の県都。中世以降、定期市「シャンパーニュの大市」で栄え、今も旧市街には往時を思わせる教会や木造の家並みが残る。
 
  マダム・ド・モンタランベールについて

本名、アンヌ・ド・モンタランベール。
美術愛好家であり偉大な収集家の娘として、芸術に日常から触れ親しみ、豊かな感性が育まれる幼少時代を過ごす。ブルノ・デ・モンタランベール伯爵と結婚後、伯爵夫人となってからも、芸術を愛する家庭での伝統を受け継ぎ、ご主人と共に経験する海外滞在での見聞も加わり、常に芸術の世界とアート市場へ関心を寄せています。アンスティトゥート・エテュディ・デ・スペリア・デザール(IESA)卒業。
 
 
ページトップへ
>>Back Number