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▲エッフェル塔のほどちかくにあるケ・ブランリ美術館。
Vue depuis laTour Eiffel
©musée du quai Branly,Photo lanna
Andréadis |
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「ケ・ブランリ美術館完成の裏側には、西洋文明が辿りついたものこそが、人類すべてが追随するべき道だという自惚れと、他の文明文化を過去の遺産と決めつけてそれを研究材料か、西洋の芸術家にインスピレーションを与える“プリミティヴ(原始的)”なものでしかないという、誤った意見を拒絶する意志が存在します。これらの偏見は廃絶されなければなりません。なぜなら、人間間に序列がないように、芸術にも序列は存在しないからです。 |
世界のあらゆる文化には等しく敬意が払われるべきなのです。この信念こそが、ケ・ブランリ美術館創設の原動力となりました……」
6月20日、公式オープンに先立って行われたレセプションの席で、ジャック・シラク(Jacques
Chirac)大統領は、高らかにこう宣言しました。フランスが他のヨーロッパ諸国の先陣を切って表明した、西洋中心主義からの脱皮を示す新たな美術館誕生の瞬間でした。
シラク大統領といえば、日本美術愛好家としてつとに有名ですが、アジアやアフリカの民族芸術に対する造詣の深さと審美眼もまた、大統領になるずっと以前から培われていました。ケ・ブランリ美術館設立構想がもち上がったのは、今から10年以上も前に遡ります。当時パリ市長だったジャック・シラクと、「原初美術(Arts
Premiers)」の専門家であり、熱心なコレクターであった故ジャック・ケルシャシュ(Jacques
Kerchache)との偶然の出会いがその契機となりました。ケルシャシュは、1990年に発表した著作『アフリカン・アート』の中で「すべての芸術はその誕生から平等であり自由である」と提唱。とりわけアフリカ芸術を庇護し、後の大統領に、ルーヴル美術館の原初美術部門の設立を勧め、アフリカ、アジア、オセアニア芸術に正当な評価を与える必要性を熱心に説いたのでした。 |
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ヨーロッパから遠く離れた地で生まれた芸術は、これまでフランスでは「教育」と「文化」の2つの機関に分けて管理され、それぞれ別の道を歩んできました。まず、1937年に設立された国立人類博物館では、各国のあらゆる文明の遺産として25万点の所蔵品を有していましたが、同博物館の民族学研究所(Laboratoire
d'ethnologie du musée de l'homme)の研究資料としてほぼ眠った状態でした。一方、1931年の国際植民地博覧会開催時の展示品を基礎に、文化省の管轄で設立された国立アフリカ・オセアニア美術館(musée
national des Arts d'Afrique et d'Océanie)では、1960年、当時の文化大臣アンドレ・マルロー(André
Malraux)によりその収蔵品に対する芸術的価値が見出され、さらにアフリカ芸術ブームが加熱する90年代に入ると、意欲的な展覧会を次々と企画し始めます。 |
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▲セーヌ河に面した建物内部。
Le bâtiment musée, vue intérieure
côté Seine, Plateau des collections
©musée du quai Branly,photo Antonin
Borgeaud |
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そのため、人類博物館に対して作品借用を求めますが、研究目的を重視する教育機関との連携は難しく、同じ分野を扱うにも関わらず、両者は背を向け合ったままの状態が続いたのです。
しかし、「教育」と「文化」の“結婚”は可能であると信じ続けたのが、先に触れたケルシャシュでした。同氏が1994年にプティ・パレで開催したカリブのタイノ人文化の展覧会は大成功を収め、翌年大統領に就任したジャック・シラクは即座に「原初美術委員会」(commission
sur la place des arts premiers dans les Institutions
muséales françaises)をエリゼ宮に開設。ケ・ブランリ美術館の設立準備もこの頃から密かに始められました。同時に、ケルシャシュの働きによって、ルーヴル美術館内にアフリカ・アジア・オセアニア・アメリカ美術を展示するための根回しも開始され、早くも2000年、専用のギャラリーが開設。“西洋美術の殿堂”に150点の原初美術が展示されました。この快挙ともいえる晴れ舞台を最後に、病に倒れたケルシャシュは翌年世を去りましたが、ルーヴルに設けられた新しい原初美術部門を追い風に、人類博物館とアフリカ・オセアニア美術館のコレクションを融合させるという難問も解決。2人の男がその情熱をかけたケ・ブランリ美術館がここに誕生することになったのです。 |
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ケ・ブランリ美術館は、セーヌ河を挟んでパレ・ド・トーキョーの向かい側、エッフェル塔の足元に広がる2万5,000m2の敷地にその斬新な姿を現しました。セーヌ河を北にして、およそ南北100m、東西250mの長方形の敷地中央には、高さ21mの美術館棟、その北西には隣接する事務所棟とメディア棟、南西には独立するアトリエ・ブティック棟の4つの建物があります。 |
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▲北側ファサードの“カラーボックス”。
Vue générale et aménagement
du jardin du musée du quai Branly,
à Paris, en mai 2006
©musée du quai Branly, photo Nicolas
Borel |
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1999年のコンペで選ばれた建築家ジャン・ヌーヴェル(Jean
Nouvel)は「風景の中に溶け込み、訪れる人に発見されるような建物」をイメージし、まず大きな透明ガラスの壁で車道・歩道と敷地の間を仕切りました。そして、黒を基調とした美術館の北側ファサードの壁面からは、赤・橙・紫色に彩色された大きさの異なる“カラーボックス”を突出させ、印象的なファサードを作り出したのです。 |
事務所棟とメディア棟のセーヌ河に面するファサードには、パトリック・ブラン(Patrick
Blanc)による壁面を覆う植栽が採用され、隣接する石造りのアパートメントから美術館にいたるまでの景観の変化を苔やシダが密生する植栽で和らげ、自然なつながりを生み出しました。灰色のテラコッタ風の壁面をもつアトリエ・ブティック棟内には、8人のアボリジニアン・アーティストによる天井画を配しています。 |
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▲パトリック・ブラン(Patrick
Blanc)による壁面を覆う植栽。
Mur végétal conçu par
Patrick Blanc
©musée du quai Branly |
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▲ジル・クレモン(Gilles
Clément)が設計したユニヴェルシテ通りの庭園。
Vue du jardin du musée du quai Branly,
dessiné par Gilles Clément et
photographié en juin 2006
©musée du quai Branly, photo Nicolas
Borel |
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この斬新な建築と並び、この美術館のもうひとつの目玉が、景観建築家ジル・クレモン(Gilles
Clément)によって造園された面積およそ1万8,000m2を誇る庭園です。庭園の設計にあたってクレモンは、収蔵作品の故郷の原風景に近づけるべく、文献調査と現地調査を繰り返して計画を練ったといいます。そして、庭園が理想の姿となるまでには実にあと3〜5年はかかるとのこと。 |
時が経つにつれて、美術館棟の壁は、カシやカエデなどの高木に覆い隠され、枝にはつるが絡み、地面を覆う草花は人々に踏まれ、“けものみち”のような通路ができるかもしれません。建物を頭上に仰ぎながら南側の庭に出れば、そこは北側の風景とは一変し、花をつける低木があり、池には水生植物が茂り、赤土の盛られた場所はまるでサバンナを彷彿させます。日が沈めば幻想的な照明のもと、暗闇の原生地に夜光虫が舞うような空間が訪問者を魅了することでしょう。「人工的な庭園設計は自然を破壊することにつながる」というクレモンの警鐘に従い、可能な限り機械などを使わず人間の手で手入れされるように計画されたこの庭園は、ケ・ブランリの忘れてはならない傑作のひとつなのです。 |
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▲アーティスト、ヤン・ケルサレ(Yann
Kersalé)によって幻想的にライトアップされた庭園。
La mise en lumière du musée
est réalisée par l'artiste et
plasticien lumière Yann Kersalé
: l'ensemble des cheminements dans le jardin
vers le musée
©musée du quai Branly |
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ヨーロッパ以外の文明の魅力を紹介する“他者に視線を向ける美術館”として発足したケ・ブランリ美術館には、アフリカ、アジア、オセアニア、そしてアメリカ大陸が育んだ文明や少数民族文化が生み出した多くの“宝”が眠ります。その数、およそ35万点。そのうち美術館棟2階の常設展示室には、生活道具、祭祀の仮面や装束をはじめ、楽器や織物、宝飾品、彫刻、現代絵画、写真資料など、約3,500作品が並びます。 |
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©musée
du quai Branly |
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膨大な収蔵品の大半は、人類博物館民族学研究所とアフリカ・オセアニア美術館から移管されたもので、あとは寄贈や寄託、新規購入した作品が加わりました。訪れる人々に各地域の多彩な芸術や文明との出会いを提供することを最優先に考えられた展示室は、他の美術館に見られるような仕切りはなく、4,500m2の巨大なひとつのオープンスペースです。 |
異なる文明の間を自由に“横断”するというコンセプトのもと、実に様々な工夫がなされています。例えば、フロアには“土手”を模した休憩用のソファが随所に配され、その中央は、“河”に見たてられています。水のまわりに文明が生まれたように“河”を中心に4地域を配置しているという訳です。 |
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▲ケ・ブランリ美術館館内の様子。
©musée du quai Branly,photo Nicolas
Borel |
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1階エントランスから長いスロープを上りきって展示室に入ると、目に飛び込んでくるのが、オセアニア部門。人々はまずメラネシア地域、ポリネシア地域、マレー諸島、そしてオーストラリア北部のアボリジニ民族が生み出した作品群と出会うことになります。展示ケースは四面すべてガラス張りで、儀式や死者の埋葬式のための聖なる道具、仮面などの作品に施された装飾を、あらゆる方向から丹念に鑑賞できるよう配慮されています。 |
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▲パプアニューギニアの笛を吹く肖像。19世紀。
©musée du quai Branly,photo Patrick
Gries,Bruno Descoings |
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▲中国貴州省(きしゅうしょう)の女性の衣装。20世紀。
©musée du quai Branly,photo Patrick
Gries, Benoit Jeanneton |
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続くアジア部門は、現代のアジアに息づく民俗をとらえるというコンセプトでまとめられました。19世紀後半から20世紀の作品を選び出し、いわゆる分類展示ではなく、テーマごとにその特徴をもっとも表している作品を展示する方法をとっています。例えば、「東南アジアやヒマラヤの仏像彫刻」、「中国の少数民族たちの異なる生活文化」、「インドに伝わる神話や儀式」といったテーマごとに選ばれた作品群は、同時代を生きる我々の目に生き生きと映ります。さらに、アジア部門で必見なのは、テキスタイル・コレクション。ケ・ブランリ美術館には、世界中のテキスタイルのコレクションがありますが、なかでもアジア産出のものは、織りや染色、刺繍の技術や芸術性の高さにおいて、白眉といえる品々です。 |
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そして、展示方法の面白さが堪能できるのが、アフリカ部門です。マグレブ諸国(モロッコ、アルジェリア、チュニジア)、サハラ砂漠付近、赤道アフリカとマダガスカルから集められた7万点の収蔵品を有しますが、広大なアフリカ大陸全体を見渡せるだけでなく、さらに深く作品に接することができる工夫がなされています。この独創的な展示には、ファサードに突き出した“カラーボックス”が大きな役割を果たしました。 |
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▲内側から見た“カラーボックス”。
La bâtiment musée, vue intérieure
côté Seine, Plateau des collections
©musée du quai Branly,photo Nicolas
Borel |
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▲アフリカ・マリの仮面。1931年以前。
©musée du quai Branly,photo Patrick
Gries, Bruno Descoings |
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大小の四角いボックスは、内側、つまり常設展示室から見ると、大きさの違う“小部屋”になっているのです。そしてその小さな部屋では、見る者が1対1で作品と対峙できる空間演出がされています。ある展示室に足を踏み入れれば、そこでは未来を占うコートジボワールの村の長老との出会いが待っていることでしょう。音声とリズム感あるグラフィックによって、すっかり長老の“穴ぐら”を訪問したような気になり、遠い先祖の原風景に出会うような錯覚に浸れるはずです。 |
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▲南アメリカ、アマゾンの先住民の仮面。20世紀。
©musée du quai Branly,photo Patrick
Gries, Bruno Descoings |
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そして最後に“到着”するのがアメリカ大陸。ここでは900作品を65台のガラスケースに収めて展示しています。なかでも先住民が作ったオブジェの色使いや素材の組み合わせの巧みさには目を見張るほど。そこにはアメリカ先住民が伝え継いだ誇りと魂が確かに息づいているのです。 |
こうした常設展示作品のほかにも美術館には、19世紀半ばから現代までの写真、世界中のテキスタイルと衣服、各国の楽器コレクション、さらに異なる文明・文化からインスピレーションを受けて制作された、主にフランスの芸術家による絵画やデッサン、版画、彫刻などの稀少なコレクションも所有しています。地下の収蔵庫で眠る作品群は、年間10本を予定されている企画展覧会で、少しずつ紹介される計画です。
まるで、世界中の未知の文明・文化を訪ねる旅の玄関口であるかのようなケ・ブランリ美術館。五感すべてを刺激する新たな旅が、セーヌ河畔から始まります。 |
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小沢優子(文) |
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所在地 |
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37, quai
Branly - portail Debilly 75007 Paris |
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URL |
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http://www.quaibranly.fr/ |
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アクセス |
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地下鉄 アルマ・マンソー(Alma-Marceau)駅、
ポン・ドゥ・アルマ(Pt. de l'Alma)駅、ビラケム(Bir Hakeim)駅下車。 |
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開館時間 |
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10:00-18:30
木曜日は10:00-21:30 |
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休館日 |
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月曜日 |
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展覧会情報 |
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「『我々は森を食べた』ベトナムのジョルジュ・コンドミナス」
会期:2006.6.23-2007.11.25
「チワラ―アフリカのキマイラ」
会期:2006.6.23-2006.12.17
「肉体とは?」
会期:2006.6.23-2006.12.17|
「他者への視線」
会期:2006.9.18-2007.1.21 |
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展覧会の詳細はこちら>> |
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B1Fインフォメーション・センターでは、公式ガイドブックから企画展、講演会、映画上演などの情報を収めた年間プログラムまで、ケ・ブランリ美術館に関する書籍を閲覧いただけます。 |
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ブティックでは、ケ・ブランリ美術館にちなんだ商品をご用意しております。 |
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