パリから電車で約1時間、ロワール河流域のトゥール市の古城で、ハンガリー生まれのアメリカ人写真家、ロバート・キャパ(Robert Capa / 1913-1954)の個展が開催されています。本展に並ぶのは、キャパが撮影したカラー写真。そこには、キャパ独特のユーモラスな視点で捉えた生きる喜びにあふれた人々の姿がありました。本展では「戦場のカメラマン」として有名なキャパのもう一つの顔に出会うことができます。
本展覧会のテーマは、「キャパのカラー写真」です。スペイン内乱を撮り、1938年末に発表した写真で一躍「戦場のカメラマン」として有名になったキャパには、白黒の報道写真のイメージがついて回りますが、実は1941年から亡くなるまで、白黒とカラーを並行して撮っていました。本展は、キャパの弟、コーネル・キャパ(Cornell Capa / 1918-2008)が兄の死後設立したニューヨークの「国際写真セン
ター(International Center of Photography)」です。2014年1月から5月に開催された展覧会の巡回展の一つです。センターにあるロバート・キャパ資料室から約150点の写真と多くの資料が寄せられています。
1938年7月27日、日中戦争の取材のため中国に滞在していたキャパは、ニューヨークのエージェンシーに「コダクロームを1ダースと取扱説明書を送ってくれ」と書き
ます。これが記録に残っている初めてのカラー写真で、「ライフ(Life)」誌に4点発表されました。コダクロームとは、世界初のカラーのリバーサルフィルム(ポジフィルム)のことです。
第二次大戦後、キャパは取材に行くときは少なくとも2台以上のカメラを持っていき、1台には白黒フィルムを、もう1台にはカラーフィルムを装填していました。しかし、コダックの現像所でなければ現像できないコダクロームは、現像に時間がかかるという難点がありました。1946年にコダクロームをプロ用に改良したエクタクロームが発明されるとキャパは、このニつを交互に使い、しだいに、特定の現像所でなくても現像可能なエクタクロームを使うことが多くなりました。
展覧会のコミッショナーである、ロバート・キャパ資料室のシンシア・ヤング(Cynthia Young)さんは、
▲ロバート・キャパ「ランボー家族サーカス」
アメリカ、インディアナ州 1919年
International Center of Photography, New York, ©Robert Capa/International Center of Photography/Magnum Photos
「2007年に展覧会の準備をしていたとき、封印されていた段ボール箱からカラー写真4枚を発見した」と言います。長い間封印されていた理由を、ヤングさんはこう説明してくれました。「箱にはコーネルの字で、『色が悪い』『良くない』と書かれていました。キャパの生前、カラーはファッションのコマーシャル写真などに使われ、報道写真には白黒が使われていました。コーネルは、兄が戦争以外の軽いテーマで撮った写真を公表したくなかったのでしょう。また、たしかにエクタクロームでは色があせていた、ということもありました」
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Update : 2016.5.6 文・写真 : 羽生のり子(Noriko Hanyu)
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