ゴシック彫刻にも素晴らしい作品があります。《ニーダーモルシュヴィールの聖母》はデ・パップ館長のおすすめの作品の一つ。「イエスの片手が母親の髪に、もう片方の手が母親の親指に触れているという珍しい姿勢です。マリアの顔は悲しげで、将来子どもに起きることを予見しています」。マリアの波打つ長い髪も美しく、忘れがたい作品です。
▲チャペル内部のグリューネヴァルト《イーゼンハイムの祭壇画》1512年〜1516年。後部の彫刻はニコラ・ド・アグノー作
写真:Ruedi Walti 、ヘルツォーク&ド・ムーロン
©Ruedi Walti
回廊の一部を成すチャペルに入ると、奥に《イーゼンハイムの祭壇画》があります。
アルザスのイーゼンハイム村にあった聖アントニウス修道会の注文で描かれたため、この呼び名がつきました。祭壇画も、作者のグリューネヴァルトの生涯も謎に包まれています。デ・パップ館長は「今でも分からないことが多い」と言います。
描かれた聖書の10場面は、リアルを超えて凄惨さが感じられるキリストの磔から、打って変わって輝くようなキリストの復活まで、見る人の想像力と感情を刺激して止みません。
チャペルに入って正面に見えるのが、磔の場面です。キリストの体は血だらけで、皮膚は土色に、唇は青くなっています。その下でうつろな目で祈る若い女はマグダラのマリア。十字架から降ろされたイエスの場面では、マグダラのマリアが目を泣きはらし、その顔は別人のように変わり果てています。その右側の絵の帽子をかぶった男は、聖アントニウスです。よく見ると上の窓から悪魔がガラスを割って入り込もうとしています。聖アントニウスは3〜4世紀に実在した聖人です。この人に祈ると、中世に猛威を振るった死に至る病、麦角病が治ると信じられていました。聖アントニウス修道会は病気治療のために作られた修道会でした。それでこの聖人は《イーゼンハイムの祭壇画》の3ヵ所に描かれています。
中でもおどろおどろしいのは、砂漠で修業中に魑魅魍魎に襲われた場面です。怪奇な生き物の創作で知られる画家、ヒエロニムス・ボス(Hieronymus Bosch/1450頃-1516)も顔負けの妖怪たちが、造形の圧倒的な面白さで迫ります。髪を後ろに引っ張られ、別の怪物の手で頭をつかまれそうになる、聖アントニウスの危機一髪の場面ですが、空には光り輝く神が描かれており、聖人の無事が暗示されています。《イーゼンハイムの祭壇画》は非常に大きく、上の部分が見にくいのですが、視聴覚室ができたので、そこで細部を存分に見ることができます。
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Update : 2016.10.1 文・写真 : 羽生のり子(Noriko Hanyu)
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