19世紀の肖像画家、静物画家として名高いファンタン=ラトゥール(Henri Jean Théodore Fantin-Latour/1836-1904)の回顧展がパリのリュクサンブール美術館で開催中です(会期:2016年9月14日から2017年2月12日まで)。本展では初期から晩年までの油彩作品、素描、版画、習作など120点以上の作品を一堂に集め、画家の創作活動の全容を明らかにしています。リアリズムを追求した肖像画や静物画からは、その秀でた観察眼と鋭敏な感受性があらわになります。さらにあまり知られていないキャリア後期のイマジネーション豊かな作品にも注目し、ファンタン=ラトゥールの描く詩的世界の魅力に迫ります。
19世紀に肖像画と静物画のスペシャリストとして活躍したファンタン=ラトゥールは、1836年にフランス南東部の町グルノーブル(Grenoble)で誕生しました。5年後に家族とともにパリへと移り住み、画家であった父親にデッサンの手ほどきを受け、絵画への情熱を受け継ぎます。1850年にはパリのアトリエに通い始め、その後パリの美術学校で本格的に絵画を学びました。この頃からファンタンはルーヴル美術館に足繁く通い、巨匠の作品を模写することに没頭します。
若き日のファンタンがもっとも親交を深めた画家の友人は、アメリカ人画家のホイッスラー(James Abbott McNeill Whistler/1834-1903)でした。1859年のサロンに初出品するも落選してしまったファンタンは、ホイッスラーと合流するためにロンドンへと向かいます。
▲アンリ・ファンタン=ラトゥール《シャルロット・デュブール》1882年
オルセー美術館蔵
©Musée d’Orsay, Dist. Rmn-Grand Palais / Photo Patrice Schmidt
ロンドンの滞在はファンタンにとって、友人、芸術の幅を広げる決定的な機会になりました。ファンタンが頻繁に静物画を描くようになったのも、ロンドンの友人から勧められたことがきっかけです。ロンドンで高い評価を得た静物画は、パリに戻ってからもファンタンの重要な収入源となりました。
ファンタンの生きた19世紀から20世紀初頭は、芸術界に新しい流派が生まれた時代です。ファンタンの作風には、写実主義やロマン主義、象徴主義の特徴が見られますが、彼自身はどの流派に属することもなく独自のスタイルを保ち続けました。ファンタンと同時代に芸術界に旋風を巻き起こしたのは印象派ですが、ファンタンは印象派とは対照的な作風の持ち主でした。印象派のように戸外へと繰り出して風景を描くことはせず、主にアトリエで肖像画や静物画を中心に制作活動を行ったのです。しかし印象派に多大な影響を与えたマネ(Édouard Manet/1832-1883)との出会いは、ファンタンにとってもたいへん重要な出来事でした。代表的な作品群である集団肖像画でファンタンは、マネを描きながら近代絵画のパイオニアに敬意を表しています。
ファンタンは静物画家、肖像画家として有名ですが、熱狂的な音楽ファンであったことから、イマジネーションの世界を描いた象徴主義的な作品も多く残しています。その傾向は彼のキャリアの後半に顕著に現れました。音楽への傾倒はファンタンをイマジネーションの世界へと導き、それまでのリアリズムから脱却するきっかけを与えることになります。
次ページでは、ファンタン=ラトゥールの肖像画と
静物画に焦点を当てた展示をご紹介します。>>
Update : 2016.11.1 文・写真 : 増田葉子(Yoko Masuda)
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