版画の街エピナル

パリから東へ380km、フランスの北東部に位置するヴォージュ(Vosges)県の県庁所在地、エピナル (Épinal)。MMFwebサイトのご当地ミュゼ特集第2回では、このエピナルでとりわけ19世紀に繁栄した版画産業についてご紹介します。
2003年に開館したエピナル版画センターは、現在も版画制作を行うアトリエと、ヨーロッパ有数の大衆版画のコレクションを持つミュゼが一体となった版画専門の文化施設です。宗教や政治のプロパガンダに始まり、娯楽や教育など、メディアの役割を果たしてきた大衆向け版画のさまざまな「イメージ」を、多彩なコレクションを通して読み解いていきます。

 

フランス革命を機に生まれ変わったエピナルの版画産業

▲エピナル市街を流れるモゼル川 
© ATOUT FRANCE/Michel Laurent/CRT Lorraine
 

 「イマージュ・ポピュレール」(images populaires)と呼ばれる大衆向けの版画は、ヨーロッパの各地で見受けられ、19世紀初頭のフランスではオルレアン(Orléans)、シャルトル(Chartres)、トゥールーズ(Toulouse)、パリ(Paris)などが主な制作の拠点となっていました。エピナルは当初、トランプや壁紙の製造、または聖人をモチーフにした版画の印刷を行う小規模な版画制作の街でしたが、18世紀末のフランス革命により、大きな転機を迎えることになります。王政の崩壊に伴い、クイーンやキングをモチーフとするトランプの製造が禁止となり、さらに聖人やキリスト教をテーマとした版画は、時代遅れと見なされるようになりました。多くの版画業者がアトリエを畳んでいく中、エピナルでトランプ製造を行っていたジャン=シャルル・ペルラン(Jean-Charles Pellerin)は、新しい版画のテーマを見つけて大きな躍進を遂げることとなります。

▲エピナル市街に建つサン=モーリス教会
 

 19世紀初頭、ナポレオン(Napoléon Ier)による第一帝政という新しい時代の中で、ペルランはボナパルト(Bonaparte)家の肖像や帝国軍をテーマに版画の製造を行い、皇帝からの特許を得ました。この時代、印刷業に与えられる特許は限られていたため、特許を得られなかったフランス各地の版画のアトリエは、次々と姿を消していきました。一方エピナルのペルランは、ナポレオンの庇護の下、さらに皇帝の栄光を称える大判のシリーズを発行することで、揺るぎない地位を確立していきます。こうしてエピナルは、版画産業の新たな中心地として名を馳せることとなったのです。

▲エピナル市街の中心にあるヴォージュ広場
 
▲ナポレオンとその息子を描いたエピナルの版画(20世紀初頭)
© Musée de l'Image, cliché H. Rouyer
 

時代とともに広がった版画のテーマ

▲着せ替え人形の版画(20世紀初頭) 
© Musée de l'Image, cliché H. Rouyer
 

 19世紀初頭まで、キリスト教布教のために広く使用されていた版画は徐々に宗教とは切り離され、政治のプロパガンダとして利用されるようになりました。ナポレオンの時代が終焉した後も、その時々の政治やニュース性のある出来事などが、引き続き版画の主要なテーマとして扱われていきます。

 1840年頃になると、子どもの教育のためのツールとして古典文学や逸話、道徳などをテーマとした版画が各地で制作されます。さらに子ども向けのゲームの版画も刷られるようになり、1860年頃には、見るだけの版画にとどまらず、切り取って遊ぶことのできる建築模型の版画や、着せ替え人形などが現れます。印刷技術の発達により、版画は子ども向けの書籍を扱う出版社など、常にライバルとの競争にさらされますが、エピナルでは広告などの新しい分野にも着手しながら他社との競争に立ち向かいました。

 こうして版画のテーマの変遷を振り返ると、プロパガンダ、娯楽、教育、遊び、広告と、19世紀という時代の流れの中だけでも、版画は多岐にわたる分野で発展し続け、社会において、それぞれの役割を果たしていたことが分かります。

▲聖母マリアの版画(19世紀末)
© Musée de l'Image, cliché H. Rouyer
 
▲市販の糸のラベル(19世紀末)
© Musée de l'Image, cliché H. Rouyer
 
Update : 2011.2.1
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エピナル市はやわかり


  • ヴォージュ
  • 人口
    35,387人
  • 面積
    59.57 km2
  • アクセス
    TGVでパリから約3時間、ナンシーからは約50分
  • 見どころ
    サン=モーリス教会、ヴォージュ広場、エピナル城跡、エピナル県立古代・現代美術館
 

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