ルーヴル美術館絵画部長
ヴァンサン・ポマレード氏

Monsieur Vincent Pomarède
Conservateur général du
patrimoine chargé du département des Peintures
du musée du Louvre


Français
日本初公開のドミニク・アングル「トルコ風呂」など、名作そろい踏みの「ルーヴル美術館展 19世紀フランス絵画 新古典主義からロマン主義へ」展。開幕を間近に控え、同展コミッショナーであるルーヴル美術館絵画部長ヴァンサン・ポマレード氏にお話を伺いました。場所はもちろん、ルーヴル美術館。華やかな壁面装飾に暖炉と、宮殿の雰囲気たっぷりの会議室に満面の笑みで現れたポマレード氏。金曜日夕方の忙しい時間をおして、エネルギッシュに展覧会の見どころを語ってくださいました。
MMF: 今回の展覧会は、19世紀前半の3つの重要な美術の動向(新古典主義、ロマン主義、レアリスム)で構成されていますね。なぜこのような構成になさったのですか。

ヴァンサン・ポマレード氏(以下VP):新古典主義、ロマン主義、レアリスムは19世紀前半の主要な動向です。一般的に、まず新古典主義がきて、次にロマン主義が現れて新古典主義と対立し、闘いに勝って主流となり、やがてはレアリスムに到達するというふうに、3つの動向が次々と順番に出現するかのように考えてしまいがちです。
実際、この3つが19世紀初頭のフランス絵画を構成していると思いますが、同時に、どの傾向に属する画家にも共通する点があります。まず、伝統に対して自らを位置づけようとする志向です。(新古典主義だけでなく)ロマン主義の画家もレアリスムの画家も、ルネサンスなどのオールド・マスターが大好きだったのです。それから、自らの感情を表現したいという欲求もあります。これは、(激しい感情表現で知られるロマン主義の)ドラクロワやジェリコーだけでなく、新古典主義のダヴィッドやアングルにも見られます。最後に、自然や人間の本来の姿、平凡なもの、不快なもの、奇妙なものも含めた、つまりは現実の本当の姿を描き出したいという強迫観念があります。絵画に対峙するこれら3つの方法は、19世紀のすべての重要な作家に強く見られる傾向です。
つまり(新古典主義、ロマン主義、レアリスムといった)流派や傾向があることを理解するだけでなく、同時に、こうした流派は、必ずしも順番に現れるのではなく、あるときにはある流派が主流になり、別の時にはまた別の流派が主流になるというように、非常に生き生きしたものであるということも分かっていただけるように展覧会を構成することが大切だと思いました。
そうすることで、「風景画」「風俗画「歴史画」「肖像画」といった絵画のさまざまなジャンルもよく理解できるようになります。なぜなら、それぞれのジャンルに3つの傾向を見出すことができるからです。新古典主義の風景画もあれば、レアリスムやロマン主義の風景画もあるし、この3つが混じり合っているような風景画もあります。確かに、これは(学問としての)美術史の分野ではすごく新しい考え方というわけではありませんが、(通念的に)美術史では、ある流派が別の流派を引き継ぐというように考えがちなので、(流派を超えて共通するものがあるという)主張を明確にすることが重要だと考えました。

ウジェーヌ・ドラクロワ
《母親と遊ぶ子供の虎》
1830年
油彩・カンヴァス 130.5x195cm
©Photo RMN _ H. Lewandowski

ジャック=ルイ・ダヴィッド
《トリュデーヌ夫人》
1790-91年頃
油彩・カンヴァス 130×98cm
©Photo RMN _ Arnaudet
MMF:作品はどのように展示するのですか?

VP:ジャンルごとです。「肖像画」の展示室、「風景画」の展示室、「歴史画」の展示室というふうに。こうすると、展覧会に来た方は、肖像画を見て自分自身で「この肖像画は苦悩する表情が描かれている」「これはもっと写実的だ」「こちらは古典的だ」というように比べられますし、いくつかの作品には3つ(新古典主義、ロマン主義、レアリスム)の特徴を同時に確認することもできるでしょう。もちろん、これは、美術史の知識があるかどうかにもよりますが、それだけでなく、個々人の感じ方にもよるのです。「荒々しい」とか「楽しい」「悲しい」とか「色彩がきれいだ」というように。実際のところ、美術史の専門用語を使うかどうかという違いで、美術に対する印象を語るという点ではどちらも同じことなのです。
ジャン=バティスト・カミーユ・コロー
《ティヴォリ―ヴィラ・デステ庭園》
1843年
油彩・厚紙43.5×60.5cm
©Photo RMN _ H. Lewandowski

MMF:展覧会では「近代絵画の誕生」が謳われていますが、「近代絵画」をどう定義なさいますか?

VP:「近代絵画」という用語は非常に難しいですね。美術史では19世紀から1940-1950年頃までの絵画を「近代絵画」と言ったりしますが、この展覧会ではそういう教科書的な意味で使っているわけではないのです。
そうではなくて、ボードレールが言うように、「現代生活の画家」であれば、その画家は近代的な画家であるというような考え方です。第一に、近代的な世界、都市や産業、日常生活に生きる人、あるいは単純な風景画やありのままの自然の姿などを描くということです。つまり、歴史や古代、文学から取った主題ではなく、同時代の主題を選ぶということです。第二に、文学や歴史などから取った古代の主題選んだとしても、それを近代的なやり方で描くこと、つまり、新しい形態を創造したり、新しい図像に挑戦したり、新しい構図を試みたりすることで、独創的でおもしろいものになるという考え方です。そして最後に、ピカソ、マティス、カンディンスキーなどの20世紀の画家たちが、この時代の画家を参照したということです。ピカソはアングルが大好きでしたし、カンディンスキーはコローやドラクロワの作品を、マティスはどの画家の作品もよく見ていました。これら20世紀の画家たちは、19世紀の画家たちのまさに近代的な側面、近代的な主題やものの見方などを取り入れたのです。
またこの時代には、芸術家は唯一無二の創造者であるという考えが発達し、(共同作業を行う)工房がなくなりました。ものの見方はその芸術家独自のものであって、共同制作者に伝えることはできないという考えからです。また、後にゴッホやモディリアーニについて言われるような「呪われた芸術家」にあたる概念もこの時代、1820年から1830年頃に生まれたのです。


Plus d’info
「呪われた芸術家」という表現

「不遇な芸術家」を指すこの言葉、現在ではほぼ慣用表現となっていますが、その背景には「芸術家とは世に認められず不遇なもの」という神話があります。
そもそも「不遇な芸術家」が成り立つには、芸術家=唯一無二の孤独な創造者、という概念が成立していなければならないのですが、ポマレード氏は、後の「不遇な芸術家」につながるようなこうした「近代的な芸術家像」が生まれたのを1820-1830年頃としています。それ以前の「芸術家」は、宮廷画家であったりアトリエを構えて弟子を抱えて共同作業をしていたので、現代考えるような孤独な創造者のイメージとは合致しません。「芸術家とは世に認められないもの」ではなく、むしろひとつの職業として成立していました。 私たちが現代「芸術家」について持つイメージは、比較的新しいもの(1820-1830年頃)というわけです。



インタビューこぼれ話
ルーヴル神話
MMF:アングルの《トルコ風呂》は初めてフランス国外に出るのですよね?

VP:そうです。これは非常に重要な作品で、ルーヴル美術館のなかでも十本の指に入るような神話的な作品だといえます。痛みやすい作品なのですが、移動には慎重に慎重を重ねました。
非常に複雑な作品で、オリエント趣味でありながら、古代ギリシア・ローマの形態に基づいてもいます。独創的な構図で、非常に官能的です。晩年の1862-1863年頃(アングルは1867年に亡くなる)に制作したものにも関わらず革新的で、美術史上非常に重要な作品です。今回の展覧会の中心となる作品といっていいでしょう。
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル
《トルコ風呂》
1859-63年
油彩・板(板に貼ったカンヴァス) 110×110cm
©Photo RMN _ G. Blot / C. Jean

MMF:今回の展覧会を観た方が、フランスに来た際にもっと知識を深めたいと思ったら、どこに行けばいいでしょうか?

VP:もちろん、ルーヴル美術館2階のフランス絵画を見に行ってください。《メデューズ号の筏》《民衆を率いる自由の女神》や《サルダナパールの死》でなどの大型絵画が展示してある「赤い部屋」と呼ばれる展示室にもぜひ行ってみてください。そして、今回の展覧会のテーマでもある「近代絵画」の続きとして、オルセー美術館にも行かれることをお勧めします。印象派は人気があるので、なんとなくまず印象派を見にオルセー美術館へと行きがちですが、ルーヴルからオルセーへと時代を追って見ることで、印象派もよりよく理解できるでしょうし、新しい発見がたくさんあると思いますよ。

2005年3月18日 ルーヴル宮モリアン翼にて
インタビュー+写真 阿部明日香

インタビュアープロフィール:
東京大学およびパリ第一(パンテオン・ソルボンヌ)大学博士課程。 専門はフランス近代美術、特にその「受容」について研究中。
Plus d’info
ドラクロワの大作の秘密に迫れるかも?

ドラクロワ初期の代表作「サルダナパールの死」 (1827年)は、ルーヴルの大型絵画ギャラリー「赤の部屋」の中でも迫力の392x496cmの大作。今回ルーヴル美術館展19世紀フランス絵画新古典主義からロマン主義へ」展には、その下絵となった81x100cmの作品が出品されています。

インタビューこぼれ話
《民衆を率いる自由の女神》
来日の裏側

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