本展のプロローグを飾るのはピサロと同時代の画家、ウジェーヌ・ブーダン(Eugène-Louis Boudin/1824-1898)の作品です。いち早くアトリエの外に出て、外光のもとで風景画を描き始めたブーダンは、印象派の画家たちに大きな影響を与えたことで知られています。ノルマンディ出身のブーダンは、ル・アーヴルをはじめとした港の作品を数多く残しました。帆船を描いた詩情漂う作品からは、ピサロとはまた異なる海へのまなざしを感じ取ることができます。
ピサロが港の風景に取り組むようになったのはキャリアの中頃のことでした。パリ郊外を中心に、のどかな農村の風景を頻繁に描いていたピサロは、1883年に新しい題材を求め、ルーアンへとやってきます。ルーアンを流れるセーヌの両岸を散策しては時に立ち止まり、近代的な河川港を発着する船舶の風景を描きました。
それから10年ほどの月日を経てピサロがパリで出会ったのが、モネが同じくルーアンで描いた有名な大聖堂の連作でした。
同様のモチーフをシリーズで描くことに強い共感を覚えたピサロは、1896年と1898年に再びルーアンへと赴き、ホテルの部屋からセーヌの港の連作に取り組みます。蒸気を上げながら行き交う船舶は近代都市の象徴的な風景であり、貨物の陸揚げといった重労働の様子でさえもピサロの目には、壮大な光景として映りました。
港に停泊する船の背景に描かれているのは、微妙な光をとらえたノルマンディの空とそれを反射するセーヌの川面です。霧やもや、雨や夕日の光など、天候や時間によって異なる表情を見せる水辺の空気が、それぞれのカンヴァス上に見事に表現されています。
ルーアンの河川港の連作が成功を収めると、ピサロはさらなる港の風景を求め、1901年と1902年に、ルーアン北方の海沿いの都市ディエップを訪れます。
「ディエップは活気、往来、色彩を描くのが好きな画家にとって素晴らしい場所だ」と書き残したように、ディエップでの作品には、活気溢れる港の様子が多く描かれました。画面の奥には港を囲む断崖が見え、大自然と都市生活が一体となった風景が広がっています。ピサロの描く港の風景に新たな魅力を見出すことのできる作品群です。
次ページでは、ピサロ展の出品作の中から
ル・アーヴルの地をモチーフに描いた作品をご紹介します。>>
Update:2013.7.1 文・写真:増田葉子(Yoko Masuda)
*情報はMMMwebサイト更新時のものです。予告なく変更となる場合がございます。詳細は観光局ホームページ等でご確認いただくか、MMMにご来館の上おたずねください。