※博物館は2010年3月にサン・ジェルマン大通り222番地に移転しました。

©Yoko Masuda
サン・ジェルマン・デ・プレにある17世紀初頭の邸宅を利用したこのミュゼは、2004年の6月に開館したばかりの新しい博物館です。天井の梁の装飾が美しく、歴史的建造物にも指定されている建物の内部には、常時300点以上の貴重なオリジナルの資料が展示されています。マリー=アントワネット(Marie-Antoinette)やナポレオン(Napoléon)の書簡、アインシュタイン(Albert Einstein)の計算式、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)の楽譜、コクトー(Jean Cocteau)のデッサンなど、歴史、科学、文学、そして芸術といった幅広い分野における偉人たちの筆跡をここで見ることができます。

©Yoko Masuda
コレクションはたいへん充実した内容を誇っており、展示されている資料の作者名のなかで、誰もが知っている名前を挙げれば切りがないほどです。重要な直筆の資料が、これほどの量をもって常設展示として紹介されるというのはきわめて稀であり、フランス、またヨーロッパでもほかに例を見ないということです。
このミュゼには「星の王子さま」のイラストとともに綴られた、サン=テグジュペリの12枚の直筆の手紙が常設展示されています。これらの手紙はアメリカで『星の王子さま』が出版された1943年の4月から、サン=テグジュペリが亡くなる2ヵ月前の1944年の5月にかけて、ある女性に宛てて書かれました。そこにはサン=テグジュペリの一方通行の愛と、叶わない恋に対する彼の寂しく切ない思いが、詩的な表現とともに綴られています。
サン=テグジュペリが手紙の相手の女性に出会ったのは亡命先のアメリカからフランスに戻り、軍隊に復帰した後のことでした。サルディーニャ島(Sardegna)に進出していた2 /33部隊復帰の許可を待ちつつ北アフリカを旅行した際、サン=テグジュペリは移動中の汽車で若い士官の女性に出会います。そして自分よりも半分近く年下の23歳のこの女性に、彼はたちまち恋をしたのでした。女性はこの時既婚者であり、妊娠中でもありました。それにもかかわらずサン=テグジュペリは自身の想いを彼女に手紙で伝え続けます。
手紙に描かれている「星の王子さま」は彼自身であり、彼女の連絡を待ちわび、そして返事のないことを嘆いています。サン=テグジュペリの失意と落胆がその哀調を帯びた繊細な文面からも伝わってきます。1枚の手紙には「星の王子さまはもうどこにもいない。彼は死んでしまった」とさえ綴られています。手紙の内容からも、おそらくサン=テグジュペリが彼女の返事を受け取ることはありませんでした。
相手の女性は2007年に亡くなり、その数ヵ月後に遺族によって競売に出されたのがこれらの手紙です。展示ケースには彼女の写真付きの身分証のコピーが展示されていますが、名前の部分は遺族の意向により伏せられています。長い間公の目に触れることのなかったこれらの手紙は、ほぼ間違いなくサン=テグジュペリの人生最後の恋文であったと思われます。
![]() Musée des Lettres et Manuscrits |
![]() Musée des Lettres et Manuscrits |
増田葉子(Yoko Masuda):明治大学文学部史学地理学科卒業後、パリ第4大学(ソルボンヌ大学)で美術史学を専攻し、修士課程修了。専門は19世紀後半の装飾美術、主にジャポニスム。
- 所在地
222 boulevard Saint Germain 75007 Paris - Tel
+33(0)1 42 22 48 48 - URL
http://www.museedeslettres.fr/ - E-mail
info@museedeslettres.fr - 開館時間
火曜日-金曜日:10 :00-20 :00
土曜日-日曜日:10 :00-18 :00 - 休館日
月曜日 - 入館料
一般:7ユーロ
割引:5ユーロ - アクセス
地下鉄サン・ジェルマン・デ・プレ駅(Saint-Germain-des-Prés)、セーヴル・バビロン駅(Sèvres-Babylone)、またはリュ・デュ・バック駅(Rue du Bac)より徒歩
- MMFインフォメーション・センターでは、書簡と直筆博物館のカタログやパンフレットなどを閲覧いただけます。

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