マリー=アントワネットの画家 ヴィジェ・ルブラン

「本展出品作の中から、5点だけ必見の作品をあげてください」という無理なお願いを聞いてくださった担当学芸員の安井裕雄氏。苦心の末に安井氏が選んでくれた5点は、本展のエッセンスが詰まったものばかりです。その安井氏自身の作品解説とともに、MMFスタッフの感想も添えてご紹介します。

エリザベト・ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン≪エチエンヌ・ヴィジェ、画家の弟≫

Photo : Art Go, Florent Dumas

 3歳年下の弟を描いたヴィジェの初期作品です。ヴィジェは『回想録』に、小さな頃は母は弟ばかりを可愛がったとやや嫉妬交じりの一文を残していますが、こんなに愛らしい弟であれば、そんなエピソードにもうなずいてしまいますよね。といっても、ヴィジェ自身「社交界でたいへん人気になるように生まれついた人物のひとり。……とても素敵な詩句をやすやすと作り、多くの俳優よりも上手に劇を演じた」とエチエンヌのことを描写しています。そんな言葉からは、弟を真ん中にしたヴィジェと母親の三角関係までも“妄想”してしまうほど。顔にハイライトを利かせ、その愛くるしい表情を十分に引き出しているのは、見事としか言えません。誰をも魅了するように微笑むこのエチエンヌ、実はその最期はアルコール中毒の発作による死という、ちょっと悲しいものでした。本展で最初に決まった出品作だけに、とても思い入れがある一枚です。

 

あまりの美少年ぶりに、カンヴァスの前でついうっとりと見入ってしまう作品です。つぶらな瞳とはつらつとした表情は、ヴィジェの自画像にも重なります。ヴィジェ家はつくづく美形の家系だったのですね。まるで少女マンガに登場する美少年のように瞳の中には星さえも……。後年、競って肖像画を依頼されるようになる、美しい肖像画を描くヴィジェの原点に出会える作品です。

 

エリザベト・ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン≪クリュソル男爵夫人、アンヌ=マリー・ジョゼフィーヌ・ガブリエル・ベルナール≫

©Toulouse,Musée des Augustins,
Photo:Daniel Martin

 ともすると甘美になりがちなヴィジェの作品にあって、本作は洗練された色使いでシャープなイメージに仕上げられています。鮮やかな赤色の衣装に身を包んだ夫人は、赤の補色である緑のソファーに腰かけ、鑑賞者の方を振り向きます。その絶妙な身体の線にもぜひ注目してください。またこの作品はカンヴァスではなく板に描かれています。そのため、カンヴァス目が出ず、表面が非常に滑らかなので、衣服の質感をはじめヴィジェの超絶技法ともいえる表現が遺憾なく発揮されています。「当代のヴァン・ダイク」と絶賛されたヴィジェの真骨頂ともいえる作品です。

 
▲ロイヤルブルーの壁紙が最大限の効果をあげている

まずいちばんに驚いたのはこの作品が展示されている部屋の壁紙の色です。目に飛び込んできたのは鮮やかなロイヤルブルー。その気品ある色彩の中から、ヴィジェが描いた美女たちが、魅惑的な表情で鑑賞者を出迎えます。中でもその凛とした佇まいが印象的だったのが、このクリュソル夫人の肖像です。ソファーに使われたビロードや革、そして夫人の衣装を飾る毛皮……。本物と見紛うようなその質感の表現には思わずため息が出てしまうほど。ぜひ間近でじっくりと細部まで鑑賞してほしい一枚です。

 

エリザベト・ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン≪自画像≫

Photograph ©The State Hermitage Museum/Vladimir Terebenin, Leonard Kheifets, Yuri Molodkovets

 ヴィジェのすべての要素が詰まっているといえる作品です。赤と黒を基調にした画面に、白を利かせ、色数を抑えた気品ある一枚に仕上げています。目と同様、絵画においては「手」は口ほどにものを言うものですが、この作品のいちばんの見どころは顔と手の繊細な表情です。さらにその生き生きとした肌色を支えているのが、北方絵画から学んだ高い描写力。下地に白や青といった何色もの絵具を重ねる透過構造が、透明感のある肌を作り出しています。また、構図にもぜひ注目してください。シンメトリーにはせず、対角線も微妙にずらして動かしている。こうした絶妙なバランスが、まるで鑑賞者に話しかけるかのような親密な雰囲気を生み出しています。まさにプロフェッショナルのなせる技といえるでしょう。

 

この自画像はなんとヴィジェが45歳の時に描いたものです。口を少し開いたまるで少女のような表情が印象的な一枚。ヴィジェの自画像は、しばしばパレットを持った画家の姿で表されています。そこには女性画家としての自負心が込められているとのこと。こんな美しい女性画家に見つめられるモデルはどんな気持ちだったのでしょう。男性であれば、ヴィジェの絵によく描かれるよう、きっと頬を紅潮させてしまうのではないでしょうか? 

 

アデライード・ラビーユ=ギアール≪ルイ16世の弟殿下による騎士章の授与≫

©Musée national de la Légion d'honneur et des ordres de chevalerie, photo : Fabrice Gousset

 作者のラビーユ=ギアールは、ヴィジェと同年の1783年、王立絵画彫刻アカデミーの正会員となります。実は当時、女性画家には、絵画のヒエラルキーにおいて最高位とされる歴史画を描くことが許されていませんでした。男性の裸体モデルを使うことがはばかられたからです。しかし例外的にアレゴリー(寓意)などの形を借りて、女性画家が歴史画を描くことがありました。この作品は、ラビーユ=ギアールがルイ16世(Louis XVI)の弟であるプロヴァンス伯爵(Comte de Provance)から依頼された歴史画のためのエスキス(下絵)です。しかし完成を目前に控えた1791年、プロヴァンス伯爵は支払いをしないまま亡命。残念ながら、野心的なその歴史画は、焼却されてしまいました。このエスキスは、女性が描いた珍しい歴史画の存在を示す、貴重な資料なのです。

 

36×42.8cmという小ぶりなエスキスですが、ヴィジェと当代一の女性画家の名を争ったラビーユ=ギアールの卓越した筆さばきが見られる一枚です。女性が歴史画を描かせてもらえなかったという事実にも驚きですが、そんな時代にあって、自らの技量だけで王家の人々から注文を得るまでになった彼女の努力には感動せずにはいられませんでした。

 

マリー=アンヌ・コロー≪彫刻家エチエンヌ=モーリス・ファルコネ≫

© Nancy, musée des beaux-arts
Cliché C. Philippot

 コロー(Marie-Anne Collot)は、18世紀における、唯一の本格的な女性彫刻家でした。大理石を彫り出すという力作業を伴う彫刻は、女性にとって非常に難しい芸術のひとつだったのです。この作品はコローの師匠だった彫刻家ファルコネ(Étienne-Maurice Falconet)の肖像です。コローはまずモデルとしてファルコネの工房に入りますが、間もなく師をも凌駕するほどの胸像を作る才能を発揮しました。やがて師の息子と結婚しますが、この結婚は不幸な結末を迎えます。しかしコローは夫と別居した後も師を敬愛し続けました。仕事着で表されたこの師の肖像の目じりの皺をぜひ見てください。そこには、コローの師に対する深い親愛の情が見事に刻まれています。

 

肖像彫刻からは、どこか冷たい印象を受けることも多いのですが、この作品はそうしたイメージからはかけ離れたものです。微笑みを浮かべる口元、目じりに刻まれた優しげな皺……。愛嬌すら感じられるその表情からは、偉大な彫刻家としてのファルコネではなく、情愛豊かなひとりの人間としての姿が感じられました。たおやかな感性を持つ女性だからこそ生み出すことのできた作品といえるのかもしれません。

 

[FIN]

Update : 2011.4.1
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マリー=アントワネットの画家 ヴィジェ・ルブラン ―華麗なる宮廷を描いた女性画家たち―展

  • 会期
    2011年3月1日(火)〜5月8日(日)
  • 会場
    三菱一号館美術館
  • URL
    http://mimt.jp/
  • 開館時間
    水曜・木曜・金曜:10:00-20:00
    火曜・土曜・日曜・祝日:
    10:00〜18:00
    *入館は閉館の30分前まで
  • 休館日
    月曜日
    *ただし祝日の場合は翌火曜日休館。
    5月2日(月)は開館
  • 入館料
    一般:1,500円
    高校・大学生:1,000円
    小・中学生:500円
 

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