ギーメット・アンドル氏
ネブアメンの供養碑
トトメス三世のレリーフ
ヘヌトイデフの像
イティセンの像
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日本本格初公開のルーヴル美術館エジプトコレクション、「ルーヴル美術館所蔵 古代エジプト展」コミッショナーのギーメット・アンドル氏にお話を伺いました。古代エジプトについて、目を輝かせて楽しそうにお話しになるアンドル氏。今回の展覧会のために初めて日本へいらした氏は、日本と古代エジプトは似ている(!)というコメントも。オフィスには今回の展覧会のポスターもちゃんと貼ってありました。
MMF : 展覧会をどのように企画なさったか教えてください。

ギーメット・アンドル氏(以下G・A): 展覧会では、古代エジプト人がどのような人たちだったか、4つの観点から説明しようとしています。まず私生活、そして社会の中での個人の役割に着目します。それから、ファラオについて。ファラオは神々の代理人であると同時に、ひとりの人間でもありますからね。また、ひとつの章はちょっと変わっていて、「死」に焦点を当てています。なぜなら現代の私たちは、墓、ミイラ、ピラミッドなど「死」を通してエジプト文明について知ることができるからです。
MMF : 現代に残された「死」に関する断片的な痕跡から、一つの文明の全貌を再構成できるのですか?

G・A : エジプトに関しては、気候が非常に乾燥しているという非常に恵まれた条件があります。そのおかげで、すべての痕跡が完全な形で残っているのです。例えば、墓には文字資料が数多く残されていて、そこに埋葬されている人がどういう人物だったのか、詳細な情報がパピュルスに書かれていますし、日常生活に使っていた椅子、本、布、宝石や装飾品、化粧品なども残っています。当展覧会にはこのような洗練された品々が展示され、こうした品々から古代エジプト人の素顔をイメージできます。墳墓出土品のおかげで、古代エジプト社会について深く知ることができるのです。
パセルのペクトラル
MMF : 展示されている出土品を見る際に、どんな点に注意すればエジプト人についてよりよく知ることができますか?

G・A : まず、これらの品物は墓に埋められていたもので、死者に良いイメージを与えるためのものであり、事実とは異なるのだということに注意しなければいけません。例えば、人物の外見に関しては、太りすぎていたり、醜い人物像はないですし、道徳的な面に関しては、古代エジプト人は自分たちが模範的な人生を送ったと書いてあるものを持ってあの世に行く、つまりそういったものとともに埋葬されることに非常にこだわっていました。埋葬されているものは、死者について理想的なイメージを与えるものなのです。そのことは知っておかねばなりません。だからといって、こうしたイメージの魅力に身を任せていけないわけではありませんけれどね。実際、こうした品々はすばらしい芸術ですし、特に多色使いと仕上げの繊細さに優れていると私は思います。でも、エジプト人の真実の姿という観点からすると、操作されたものとも言えますね。一番優れた面だけを見せているわけですから。
バクエンムトの神話パピュルス
MMF : エジプト美術を理解するために、知っておくべきルールはありますか?

G・A : ありますよ。エジプト美術を読むための文法があるのです。象形文字と同様に、風景や人、動植物を描き出したものはすべて、彫刻のような三次元のものでさえ、ひとつの記号体系、ひとつの言説の一部を成しているのです。そしてそれは、世界と人間を「マアート」と呼ばれるものに調和させるためのものなのです。「マアート」とは、エジプト文明にとって本質的な概念で、朝に日が昇り、夜に日が沈み、ナイル河は一定方向に流れ、同じ時期に増水し・・・つまり、調和、公正、秩序のことです。エジプト美術はすべて、このバランス・システムを尊重しようとしています。この宇宙のシステムがエジプト人を生かし、すべての美術作品は(現代の私たちが「美術作品」と見なしているもの、ということですけれど)この宇宙のシステムと調和しているのです。これが非常に美しい点ですね。単に誰かを描いたものではなくて、描かれた人を宇宙のシステムに調和させるために作られたものなのです。「芸術のための芸術」という考えはなく、芸術はすべてこの「マアート」という概念に従い、そして永遠へと近づくための機能を持っているのです。
MMF : 宝石もこの宇宙論の一部なのですか?

G・A : 宝石はもっと魔術的な機能ですね。悪い影響、悪い精霊からミイラを守り、遺体が完全なかたちで残るのを助けるのです。古代エジプト人は、死後自分の体がなくなったり、墓の中で攻撃されたりするのを非常に恐れていました。そのため、遺体を包帯で包んでミイラにし、ミイラが完全な形で残るように宝石や文章を書いたものを周りに置いて守ったのです。
MMF : 化粧はどうですか?

G・A : いい質問ね。墓に描いてある絵では、男性も女性もたくさん化粧をしていますからね。でも実生活でもそうだったのかはわかりません。例えば、コールと呼ばれる眼の化粧は、美しくみせるためだけでなく、ある種の眼病を予防する機能もあったのです。現在でもエジプト人は、砂や乾燥が引き起こす感染症を防ぐためにコールを眼の回りに塗り、子供にもつけていますよ。
MMF : エジプトの宝石の特徴は?

G・A : とても重いということです。それから古代エジプト人はぴかぴか光るものが大好きでしたね。金や貴金属、宝石、色とりどりのもの。でも、こうした宝石を日常的に身につけていたわけではありません。宝石や装飾品を身につけて描かれること、自分自身の美しい分身をつくるということが重要だったのです。そのため、古代エジプト語で彫刻家という言葉は「生かす者」という意味を持っています。絵や彫刻として描かれた像が「生」を裏付けるのです。宝石や鬘は日常生活のなかで着けるようなものでは全くなかったでしょう。エジプトはとても暑いですしね。
MMF : ルーヴル美術館には豊かな古代エジプトのコレクションがありますが、どのように集められたのですか?

G・A : よく言われることですが、ナポレオンのエジプト遠征のときに持ち帰ったのではありません。ナポレオンの軍隊はイギリス軍に敗退したので、何も持ち帰ることができなかったのです。フランスは1850年から発掘調査をしており、その出土品がルーヴルのコレクションとなっています。ナポレオンのエジプト遠征は軍事的には大失敗に終わりましたが、文化的にはすばらしい功績を残しました。ナポレオンが刊行を命じた『エジプト誌』は、19世紀はじめのエジプトの状況を詳細に伝える一大調査記録です。そのおかげで、有名なロゼッタストーンはイギリスにあるけれど、フランス人のジャン=フランソワ・シャンポリオンがヒエログリフを解読し、エジプト学の始祖となったのです。
MMF : 展覧会に出品されている作品では、どれがお好きですか?

G・A : センウセルトIII世(カタログno.98)の像が好きですね。とても美しいですし、それに、この人物独特の特徴が見て取れるからです。大きな耳は、このファラオが民衆の声をよく聞いたことを象徴しています。それから、サケルティのステラ(カタログno.48)には、2組の夫婦の死者に子供達がお供えを持ってくるところが描かれていて感動的です。化粧品用スプーン(カタログno.96,97)もいいですね。この展覧会にはすばらしい作品がたくさん出品されています。
MMF : 作品を運ぶのは大変ではなかったですか?

G・A : 大変でしたよ。エジプトの作品は、石棺のようにとても大きくて重いか、パピュルスやミイラのようにとても壊れやすいか、どちらかなんです。でも日本の関係者の方々はとてもよく扱って下さり、すべてうまくいきました。それに、石棺は日本の美術館に設置するよりも、ルーヴル美術館から出す方がずっと大変だったのです。日本の美術館はとても近代的で設備が整っていますが、ルーヴルはもともと宮殿としてつくられた建物ですから。
MMF : 最後に、ルーヴル美術館を訪れる日本の観客にお勧めはありますか?

G・A : もちろん、今回日本で見られない作品を見に来てください。例えば、《書記座像》や《ハトホル女神とセティI世》の浅浮き彫りなどは、決して貸し出さない作品ですから。
2005年5月11日 ルーヴル宮にて
インタビュー+写真 阿部明日香
インタビュアープロフィール:
東京大学およびパリ第一(パンテオン・ソルボンヌ)大学博士課程。 専門はフランス近代美術、特にその「受容」について研究中。
バクエンムトの神話パピュルス
チャウエンフイのウシャブティ箱
パミの木棺の蓋
バー鳥型護符
シャンポリオン像
センウセルト三世像
MMF関連情報
ナポレオンの『エジプト誌』展
会期:2005.7.20〜10.1
MMF 3Fギャラリーにて、ルーヴル美術館エジプトコレクションの発端となったナポレオン遠征時に記録された「エジプト誌」の銅版画を再現した貴重なカルコグラフィーをご覧いただけます。
ルーヴル美術館エジプトコレクションに
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