ヨーロッパ文明にとってのギリシア文明 ジャン=リュック・マルティネズ氏講演会レポート
オランジュリー美術館 Musee du Louvre
オランジュリー美術館 ヨーロッパ文明にとってのギリシア文明  薩摩雅登著(東京藝術大学大学美術館助教授)
オランジュリー美術館
6月17日より東京藝術大学大学美術館にて「ルーヴル美術館展 古代ギリシア芸術・神々の遺産」が始まります。MMFではこれを機に、6月から3ヵ月間、ルーヴル美術館を大特集いたします。今回は、同展のコミッショナーを務める東京藝術大学の薩摩雅登氏に、ヨーロッパと古代ギリシア文明との関係、そして今回の展覧会の魅力について解説していただきました。西洋文明の根源ともなった古代ギリシアの世界──。ルーヴルの古代ギリシア・コレクションを通じて、その奥深い世界に足を踏み入れてみませんか。
中部イタリアの一都市から発展し、ヨーロッパ文明の原点となった古代ローマ帝国
 我が国が明治時代にはヨーロッパから、第2次世界大戦後はアメリカから、政治、経済、文化などあらゆる面で大きな影響を受けたことは否定できず、今日の日本は非ヨーロッパ諸国の中では最も「ヨーロッパ的」な国といっても過言ではない。
 このヨーロッパ文明の原点は、中部イタリアの一都市から発展して先進諸国を征服して、地中海を内海として強大な統一国家を確立した古代ローマ帝国(以下、ローマ帝国)にある。紀元395年に東西に分裂したローマ帝国のうちで、東ローマ帝国は中世ギリシア帝国ともいえるビザンティン帝国に変貌しながら1453年まで存続したし、476年に瓦解した西ローマ帝国は962年に神聖ローマ帝国として復活して、近世にはしだいに形骸化しつつもその名は1806年まで公式には継承された。キリスト教ですらローマ世界で生まれた宗教であり、ローマ帝国の国教になったことで、今日のヨーロッパ文明の宗教として世界3大宗教のひとつとなった。
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ローマ文明の「学芸の師」としてのギリシア文明そして、ギリシア神話は遠く日本にまで辿り着いた
 それなのに何故、ヨーロッパの歴史を語る際に一般には古代ギリシア文明(以下、ギリシア文明)から説き起こすのだろうか。それは現代ヨーロッパ文明の直接の原点であるローマ文明の「学芸の師」がギリシア文明であったからにほかならない。ヘレニズム諸国家やメソポタミア文明など様々な先進地中海文明を吸収して強大な国家を築きあげたローマ帝国だが、国家観や国家思想の本質に関わる哲学・美学は古代ギリシア文明から最も大きな影響を受けていた。
 このことを最も直接的に示してくれる例が神話、哲学、美術である。ローマ帝国に征服されて消滅したギリシア文明だが、その神々は逆にローマの神々を吸収してギリシア・ローマ神話として成立して、キリスト教など他の宗教からみれば異教の神々であるにもかかわらず伝承して、今日の日本にまで伝わった。
▲『ミロのヴィーナス』紀元前100年頃
大理石 高:202cm
©Photo RMN - ©Daniel Arnaudet / Jean Schormans / distributed by DNPAC
▲『サモトラケのニケ』紀元前190年頃
大理石 全長:328cm
©Photo RMN - ©Gérard Blot / Christian Jean / distributed by DNPAC
 神話などに興味がないという人たちですら、夜空に星座としてギリシアの神々を見上げているし、パリに行けば《ミロのヴィーナス》や《サモトラケのニケ》を見に行くであろう。また、難解な哲学書など読まないという人でも、プラトンが語るアトランティス伝説くらいは知っているであろう。
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西洋美術の規範となったギリシア彫刻の肉体美2500年の時を経て、今に残る古代ギリシアの遺産
 美術の分野では、とりわけギリシア彫刻が、原作は象牙やブロンズの作品も含めて、ヘレニズムからローマの時代にかけて大量に大理石に模刻されて、それらが西洋近世の古代復興期(ルネサンス)に再発見されると西洋美術、西洋彫刻の美の規範とされるにいたった。逞しく鍛えられた男性の肉体、均整のとれた優美な女性の姿態に「美」を見出して、等身大の裸体像を堂々と野外の陽光にさらしたのは古代ギリシア文明が最初で、その美意識が近世以降のヨーロッパ文明に継承された。一例をあげれば、有名なミケランジェロの《ダヴィデ》(1504年、アカデミア美術館)は、堂々たる男性全裸像をフィレンツェ・シニョリア広場の陽光と人目にさらした点において、まさに古代ギリシア精神の復興であった。
▲『クニドスのアフロディテのトルソー』。
プラクシテレスのオリジナルは現存せず、これもローマ時代の模刻。
大理石 高:1.22m ルーヴル美術館
©Photo RMN - ©Hervé Lewandowski / distributed by DNPAC
▲フランソワ・ブーシェ『ディアナの水浴』
1742年 56×73cm ルーヴル美術館
©Photo RMN -©René-Gabriel Ojéda / distributed by DNPAC
また、世界最初の等身大の女性全裸像といわれるプラクシテレスの《クニドスのアフロディテ》(紀元前350年頃)は、水浴のために衣服を脱ぎ捨てた愛と美の女神ヴィーナスの姿だが、近世以降には「水浴の女性」「化粧する女性」は西洋油彩画の主要主題となった。フランソワ・ブーシェの《ディアナの水浴》(1742年 ルーヴル美術館)、《ヴィーナスの化粧》(1749年 ルーヴル美術館)などのロココ絵画ばかりではなく、戦後のアメリカ美術を代表するトム・ウェッセルマンの《浴槽》シリーズ(東京都現代美術館など)もまさに現代の水浴図である。
神話、哲学、美術の分野ばかりではない。オリンピック大会が古代ギリシア起源であることは周知だが、聖火リレーの起源はランパデドロミアと呼ばれる古代ギリシアの松明競争、マラソン競技はマラトンの戦い(紀元前490年 ペルシア戦争)で祖国に殉じた兵士たちを記念し供養するために始められた競技であった。その彼らにしても、まさか2500年後のはるか東の国で毎年何千人もの人たちが、自分達の霊を弔って40km以上もワッセワッセと走ってくれる姿には、草葉の陰で面食らっているであろう。
▲『パナテナイア祭型黒像式アンフォラ』※。スポーツ競技は当時のギリシアの人々にとって、神聖な儀式だった。
前323-前322年 陶器 高:66.5cm
©D.Lebée et C. Déambrosis / Musée du Louvre
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単なる古代ギリシア美術展の枠組みを超えて、古典期のギリシア世界を多面的に考察する特別展
 今年の6月から東京芸術大学・大学美術館で開催される「ルーヴル美術館展 古代ギリシア芸術・神々の遺産」は純粋あるいは単純な古代ギリシア美術展ではない。この展覧会の趣旨は、ルーヴル美術館所蔵の西洋古典古代(ギリシア・ローマ)美術作品を通じて、前5世紀から前4世紀のアテネを中心とする古典(クラシック)期のギリシア世界を、その精神世界から日常生活までを多面的に、21世紀の日本において可能な限り洞察・考察することにある。私たちの価値観や日常生活に今も影響を与えているギリシア文明を、直接に目で見て知ることができる貴重な機会になるであろう。

▲『台座浮彫り:エリクトニオスの誕生』※。
アテネ建国伝説では第4代王とされるエリクトニオスの誕生を伝える貴重なもの。
2世紀初め(原作:前5世紀)大理石 高:64.5cm
©D.Lebée et C. Déambrosis / Musée du Louvre
小品ながらブロンズ鋳造技術の高い水準を見せる『ニケ』※。修復作業などのため、ルーヴルでも未だ公開されていない。
ヘレニズム時代(?)ブロンズ 19.8cm
©D.Lebée et C. Déambrosis / Musée du Louvre
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印の作品はいずれもルーヴル美術館所蔵のもので、特別展「ルーヴル美術館展 古代 ギリシア芸術・神々の遺産」にて展示される予定です。
著者プロフィール:薩摩雅登(さつま・まさと)

昭和31年(1956)東京生まれ。早稲田大学大学院文学研究科西洋美術史学専攻修士課程終了、博士課程満期退学。現在、東京藝術大学助教授。専門:ドイツ美術史、博物館学。最近の刊行物:「ルドルフ2世―時代を体現したコレクター―」(薩摩雅登編『ウィーン美術史美術館名品展』図録、東京藝術大学、2002年):「ティルマン・リーメンシュナイダーの《聖血祭壇》」(馬場恵二他編『ヨーロッパ生と死の図像学』東洋書林、2004年):横溝廣子・薩摩雅登編『紫田是真 下絵・写生集』(東方出版、2005年)
 
▲『アルルのヴィーナス』※
前1世紀(原作:前360年頃)大理石 高:220.0cm
© D.Lebée et C. Déambrosis / Musée du Louvre
ルーヴル美術館展‐古代ギリシア芸術・神々の遺産‐
会期
  2006.6.17-2006.8.20
会場
  東京藝術大学大学美術館
(上野公園)
所在地
  東京都台東区上野公園12-8
開館時間
  10:00-17:00
入館は16:30まで
休館日
  月曜日
但し7/17(月)は開館、
7/18(火)は振替休館
観覧料
一般:1,300円
大学生・高校生:1,000円
中学生以下・障害手帳をお持ちの方(介護者1名含):無料
巡回展
  東京展の後、京都展を開催
2006.9.5-2006.11.5
京都市美術館
 
MMF3周年記念特別展示 MMFは、まるごとルーヴル
MMFの3周年記念キャンペーン第3弾では、全館でルーヴル美術館を大特集。今回の特別展のテーマである古代ギリシアの魅力はもちろん、各部門のミュージアムグッズまで、さまざまな視点からルーヴルの楽しみ方を紹介します。
詳しくはこちら>>
MMFインフォメーション・センターでは、ルーヴル美術館に関する書籍を揃えた“ルーヴル・コーナー”を設けて、皆さまをお待ちしております。 
ジャン=リュック・マルティネズ氏講演会のお知らせ
「ルーヴル美術館展 古代ギリシア芸術・神々の遺産」の開催を記念して、同展のコミッショナーで、ルーヴル美術館主任学芸員のマルティネズ氏の講演会を開催いたします。
「ルーヴル美術館の古代ギリシア・コレクション」
美術館のギャラリーから特別展へ
 
日時
2006年6月14日(水)
19:00-21:00
会場
東京日仏学院エスパス・イマージュ
  終了いたしました。
講演会のレポートはこちら

「ルーヴル美術館の魅力―フランス絵画の黄金時代」第2回「アングル」7月22日(土)申し込み受付中
美の殿堂ルーヴル美術館を、もっと楽しんでいただくための連続講座。千足伸行先生(成城大学教授)に、フランス絵画史上の巨匠、ダヴィッド、アングル、ドラクロワについてお話いただきます。
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*情報はMMMwebサイト更新時のものです。予告なく変更となる場合がございます。詳細は観光局ホームページ等でご確認いただくか、MMMにご来館の上おたずねください。