パリ6区のリュクサンブール美術館で、現在「恋するフラゴナール展」が開催中です。(会期:2015年9月16日〜2016年1月24日)過去にロココ美術の巨匠、ジャン・オノレフラゴナール(Jean Honoré Fragonard/1732-1806)の展覧会が世界各地で開催されてきましたが、フラゴナールの描く恋愛や官能にテーマを絞った企画展は本展が初めてのこと。フラゴナールの描いた多様なジャンルの官能の世界を紹介するとともに、18世紀の啓蒙主義時代特有の道徳観など、当時の社会背景にも迫るたいへん奥行きのある展覧会となっています。本展のコミッショナーを務めるルーヴル美術館学芸員、ギョーム・ファル氏に展覧会の見どころを聞きました。
今回フラゴナールという巨匠に改めてアプローチするにあたり、私が試みたのは、彼の作品の重要な要素のひとつである官能的なインスピレーションについて真正面から問いかけるということです。これは現代のフラゴナール研究においてあまり深く触れられていない奥深い部分です。現代のフラゴナール研究においては、彼のどちらかというと真面目な部分に注目する傾向がありました。
しかしながら官能や恋愛をテーマにしたフラゴナールの作品は、彼のキャリアの早い段階からとても高い評価を得ていました。それと同時に一部で彼の評判を落とす原因となったテーマでもあります。「フラゴナールは、シャルル・ルブラン(Charles Le Brun/1619-1690)やレンブラント(Rembrandt Harmensz van Rijn/1606-1669)のような偉大な画家になれるはずなのに、どうして官能的な絵画などに没頭するのか」と、当時は厳しい批判もありました。しかし私は、フラゴナールはこのテーマに没頭まではしていなかったと考えます。官能的なインスピレーションの作品は、総体的に見てフラゴナールの作品の2割ほどです。また同時に2割を占めているということは、注目に値するテーマであるといえます。もちろん「木を見て森を見ず」というのは避けなくてはなりません。
というのも、フラゴナールは歴史画家であり、風俗画家であり、風景画家の巨匠であり、宗教画家であり、肖像画家でさえあるのです。これはフラゴナール研究にとってたいへん重要な点です。しかし私は、あえてこの官能的なインスピレーションに立ち戻ことが、たいへん面白いと考えます。なぜなら間違いなくフラゴナールについて多くのことを語り、また当時の社会についても饒舌に語ってくれるテーマであるからです。
「恋するフラゴナール」という展覧会タイトルですが、よりインパクトのあるものにしたいと考え、このタイトルに決定しました。本展では、フラゴナール自身の恋愛事情についてはほとんど語っていません。フラゴナールは愛妻家で、妻と深い絆で結ばれていたことが知られています。フラゴナール自身は決して放蕩者ではなかったものの、彼は当時の世間一般での恋愛事情に通じており、鏡に映し出すように当時の恋愛を表現することができました。
フラゴナールは偉大なルネサンス文学や恋愛詩など、大量の書物を読み、テーマを選りすぐっていました。ルネサンス期のイタリアの詩人ルドヴィーコ・アリオスト(Ludovico Ariosto/1474-1533)の恋愛詩や、スペイン人作家セルバンテス(Miguel de Cervantes Saavedra/ 1547-1616)の『ドン・キホーテ』を読んでいたことも分かっています。またジャン・ド・ラ・フォンテーヌ(Jean de La Fontaine/1621-1695)の大人向けの小説のイラストも多く残しました。当時の恋愛文学や放蕩者の小説の熱心な愛読家であったフラゴナールについても、この展覧会でぜひ皆さんに発見していただきたいと思っています。
Update : 2015.12.1 文・写真 : 増田葉子(Yoko Masuda)
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