若き日のファンタンは、モデルを使用せずに自身の姿を描くことで人物画の技術を鍛錬し、その観察眼を養いました。本展の冒頭では、さまざまな角度や技法で描かれた初期の頃の自画像が集められています。自画像が多いことからも察せられるように、決して社交的ではなかったファンタンはキャリアを通して頻繁に妹や妻などの親族を肖像画のテーマに選びました。彼が好んで描いた女性たちは、読書にふけったり絵画の制作に取り組んだりと、常に周囲に静かな空気を漂わせているのが印象的です。一貫して冷静さを保った飾り気のない肖像表現からは、人物の内面すら浮き彫りにするファンタンのきめ細かい観察力が感じ取れます。
1864年から1872年にかけて、ファンタンは自身の評価をもっとも高める作品群を手掛けました。それが芸術家や批評家など、さまざまな著名人を同一のカンヴァス上に描いた集団肖像画です。集団肖像画は当時の画壇では珍しい試みで、ファンタンの象徴的な作品とされています。本展の中盤に展示されている、オルセー美術館所蔵の《バティニョールのアトリエ》では、中央に絵筆とパレットを手にカンヴァスに向かうマネが描かれています。
周囲に居るのは、将来の印象派を担うルノワール(Pierre-Auguste Renoir/1841-1919)やモネ(Claude Monet/1840-1926)、また小説家で批評家のエミール・ゾラ(Émile Zola/1840-1902)など、当時の芸術界のキーパーソンの面々です。同じ空間に密接した状態で描かれているにもかかわらず、人物同士の視線は交わることなく、それぞれが独立した佇まいを見せているのが特徴的です。ファンタンはこうした型にはまらない独自の表現スタイルで肖像画家としてその名声を高めたのでした。
本展のテーマである「ファンタン=ラトゥールの感受性」をもっとも分かりやすく感じ取ることのできるジャンルは、静物画といって差し支えないでしょう。とりわけ植物を描いた作品は、ファンタンの持つ鋭敏な感受性が際立っています。落ち着いたトーンの背景に浮かび上がる花や果実は、彼の描く肖像画のように静謐な上品さを保ちながら力強い存在感を放っています。花びらの質感、果実の色艶のリアリズム、さらに哲学すら感じさせる完璧な構図には目を見張るものがあります。
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Update : 2016.11.1 文・写真 : 増田葉子(Yoko Masuda)
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