▲ティエリ・ドゥヴァンク氏
©Chiho Yoda

パリ市立フォルネ図書館は、パリ随一のサヴィニャックコレクションを所有しています。そこで学芸員を務めるティエリ・ドゥヴァンク氏は、生前のサヴィニャック本人とも親交のあったサヴィニャック研究家。6月7日(火)開催のMMF講座「レイモン・サヴィニャック展連携企画 〜サヴィニャック、その人物と作品の魅力〜」の講師として来日予定でもあります。MMFwebサイトの読者の皆さまには、一足その講演会の予習も兼ねて、ドゥヴァンク氏が語るサヴィニャックの魅力をご紹介しましょう。

▲ロックフォールチーズのメーカー「マリア・グリマル」のポスター。1933年
©Raymond Savignac et son ayant-droit Annie Charpentier

MMF : ご自身の経歴、またフォルネ図書館が保管するサヴィニャックのコレクションについて教えていただけますか?

ティエリ・ドゥヴァンク氏 (以下T.D.) : 現在まで複数の図書館に勤務し、さまざまな役職に就きました。そして1987年にポスターのコレクション担当者としてフォルネ図書館にやってきました。
フランスには広告ポスターの重要なコレクションを保管する3つの機関があります。フランス国立図書館、装飾芸術美術館、そしてフォルネ図書館です。わたしはフォルネ図書館で、主にサヴィニャックのポスターを含む商業用ポスターのコレクションを担当しています。サヴィニャックの作品は約450点保管しています。図書館へお越しいただいた際、残念ながらポスターの実物をご覧いただくことはできませんが、作品をミニサイズのスライドフィルムに収めたものがありますので、こちらを閲覧していただけます。

▲「フランス自動車クラブ (ACF)」が主催するF1レースのポスター。1937年
©Raymond Savignac et son ayant-droit Annie Charpentier

MMF : サヴィニャックは1930年代、カッサンドルが設立した「アリアンス・グラフィック」という会社で、カッサンドル指導のもと、ポスター作家としてのキャリアをスタートしました。サヴィニャックとカッサンドルはどのようにして知り合ったのですか?

T.D. : サヴィニャックは1933年にカッサンドルの工房を自ら訪ねました。当時はパリ18区のマルク・スガン通りにありました。サヴィニャックはそれまでに制作した広告ポスターをカッサンドルに見せて、アリアンス・グラフィックで働かせてもらえないかたずねました。カッサンドルはこの若いイラストレーターの才能をすぐに見抜いて、始めのうちは単発で仕事を依頼し、最終的には正社員として雇用しました。

▲「北部鉄道(現在のフランス国鉄SNCFのパリ=リール間)」のディーゼル特急の広告。1937年
©Raymond Savignac et son ayant-droit Annie Charpentier

MMF : サヴィニャックがカッサンドルから受けた影響はどのようなことですか?

T.D. : カッサンドルの作品の特徴は構造がしっかりしており、創意に富んでいることでした。どの作品もエアブラシを用いて仕上げられましたが、サヴィニャックがカッサンドルのもとで働いていた時、サヴィニャックはまさにこうしたカッサンドル流といえるポスターを描いていました。サヴィニャックの作品「マリア・グリマル」(1933年)、「ACF」(1937年)、「北部鉄道」(1937年)を見れば一目瞭然です。

▲2001年、フォルネ図書館で開催されたサヴィニャック展のポスター
©Collection Musée Villa Montebello, Trouville-sur-Mer et Illustria

MMF : サヴィニャックとカッサンドルの大きな違いは何でしょうか? またサヴィニャックの作品の特徴とはどのようなものですか?

T.D. : サヴィニャックの場合は絵筆を握って描く画家といえます。しかし、サヴィニャックがカッサンドルのもとで働いていた頃は、サヴィニャックもエアブラシを使っていました。前述の3つの作品からも分かるように、カッサンドルの工房で働いていた時、サヴィニャックは自分のスタイルというものをまだ表現できずにいました。戦後になって、カッサンドルから独立した後、独自のスタイルが開花したのです。独立したサヴィニャックは、本来持っていた美意識を表現していきました。彼のスタイルとは親しみやすく、陽気で、滑稽で、ほほえましく、おどけた、それでいて露骨なもので、20世紀前半のほかの有名なポスター作家と比べると装飾性を重視していませんでした。

MMF : サヴィニャックはどのような人柄だったのでしょうか?

T.D. : 本人に何度も会ったことがありますよ。初めて会ったのは1990年代の始めです。とても控え目で、エレガントで、つつましやかで、才気煥発で、知的な方でした。記者をはじめ彼の画業に興味を持っている人が訪ねると、いつも温かく迎え入れてくれました。それは、晩年、高齢で体力が衰えて疲れている時でも変わることがありませんでした。

MMF : サヴィニャックは生涯ずっとポスターを制作したのでしょうか?

T.D. : そうですね、亡くなる直前までずっと。例えば、2001年にこのフォルネ図書館でサヴィニャックの企画展を開催した際、ポスターを依頼しました。94歳でサヴィニャックが亡くなる前年のことです。彼は晩年、体力の限界と戦いながら絵筆を握りましたが、幾つになっても衰えることのない、輝かしいアイデアをポスターに生かしていました。

▲サヴィニャックの成功の引き金となった「モンサヴォン」のポスター。1951年(復刻版)
©Raymond Savignac et son ayant-droit Annie Charpentier

MMF : サヴィニャックの代表作を3つ教えていただけますか?

T.D. : 「モンサヴォン」(復刻版/1951年)、「アスプロ」(1963年)、「ウット毛糸」(1949/1951年)でしょう。
モンサヴォン社はロレアルの創業者であるウージェーヌ・シュエレールが当時所有していた石鹸のメーカーです。サヴィニャックの作品の中でもたいへん有名なポスターです。
アスプロは頭痛薬の名称です。従来の頭痛薬の広告というのは、痛みを和らげるという製品の特長を伝える傾向にありましたが、サヴィニャックは逆にとらえて、痛みを訴えるような絵を描きました。頭を貫くトンネルを車が通過するという頭痛のイメージはオリジナリティ溢れる表現ですね。

▲頭の中を車が通過するという「アスプロ」のひょうきんな広告。1963年
©Collection Musée Villa Montebello, Trouville-sur-Mer et Illustria

毛糸メーカーのウットのキャッチコピー«Les Laines d'Aoust se tricotent toutes seules»には二重の意味があります。通常は「ウットの毛糸なら簡単に編める」と読めますが、「ウットの毛糸は自らを編む」ともとらえられます。サヴィニャックは後者の文字通りの解釈を面白いと思ったのでしょう。そこから、自分自身を編むウット毛糸というキャラクターを生み出しました。

▲自分自身を編み上げていくかわいらしい「ウット毛糸」。1949/1951年
©Raymond Savignac et son ayant-droit Annie Charpentier

MMF : 日本の方たちにメッセージをいただけますか?

T.D. : サヴィニャックの企画展が東京のギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)で開催されることをたいへん嬉しく思っています。グラフィック・デザインを紹介する重要なこのスペースでの企画展に少しでも貢献できるのは個人的にも嬉しいことです。サヴィニャックの作品はいつもわたしたちを魅了し、目を楽しませてくれて、陽気な気持ちにさせてくれます。これはサヴィニャックの作品から受ける素直な第一印象ではありますが(サヴィニャック自身もそのように思っていたことでしょう)、だからといってすべての作品を通じてこの印象を受けるわけではありません。サヴィニャックのファンは、まだあまり知られていない作品(リトグラフもしくは原画)についてもギンザ・グラフィック・ギャラリーで鑑賞する機会に恵まれ、またサヴィニャックの知的な制作過程について学ぶことができます。
サヴィニャック展の主催者はこの企画展を通して、大きな震災を目の当たりにした東京の人たちの不安な心に、少しでも安らぎがもたらされることを願っていると話してくれました。わたしも同じ気持ちです。こうした主催者の温かい想いは、サヴィニャックが生きていればきっとその心を打ったことでしょう。皆さまにMMFでの展示とともにgggでの展示も併せてを楽しんでいただけたら幸いです。

[FIN]

Update : 2011.6.1 文・写真:依田千穂(Chiho Yoda)
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フォルネ図書館

  • 所在地
    1 rue du Figuier 75004 Paris
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  • E-mail
    bibliotheque.forney@paris.fr
  • 休館日
    月曜日
  • 開館時間
    火・金・土曜日:13:00-19:30
    水・木曜日:10:00-19:30
    日曜日:10:00-13:00
  • 入館料
    無料
    *入館には図書カードの申請が必要。身分証明書の提示と証明写真を1枚提出の上、申し込み用紙に記入し、1年有効の図書カードの発行を受ける
  • アクセス
    地下鉄7番線Pont Marie駅より徒歩

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