1919年にドイツのヴァイマルで創設された造形学校のバウハウスは、20世紀のモダニズムを牽引した代表的な存在です。短い歴史にもかかわらず、バウハウスの教育理念と工房での制作活動は高く評価され、今もなお、さまざまな分野のクリエーションに影響を与え続けています。現在パリの装飾芸術美術館では、バウハウスにオマージュを捧げる「バウハウスのエスプリ」展が開催中です(会期:2016年10月19日〜2017年2月26日)。オブジェ、家具、テキスタイル、デッサン、模型、絵画など、900点に及ぶ展示作品を通して、バウハウスが切り開いたモダニズムの精神を余すところなく紹介しています。
バウハウスとは1919年にドイツ人建築家のヴァルター・グロピウス(Walter Gropius/1883-1969)によって、ドイツのヴァイマルで創設された造形芸術専門の学校です。建築、彫刻、絵画、写真、広告、工芸と、多彩で総合的な教育内容を誇り、20世紀のモダンデザインに大きな影響を与えたことで知られます。バウハウスはベルギーの建築家、アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデ(Henry van de Velde/1863-1957)によるヴァイマルの工芸学校を前身としており、彼の説いた「工業と近代性と美、三点の統合」という理念を受け継ぎながら、グロピウスはバウハウスを創設するに至りました。アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデとグロピウスは、ミュンヘンで結成されたドイツ工作連盟のメンバーであり、ともに近代建築やモダンデザインの発展を目指す仲でした。
バウハウスの名は、bauen「建設する」とHaus「家」を意味する2つの単語に由来しています。それには日常生活の質の向上を図りながら、その環境を総合的に創造するという意味が込められています。建築、室内装飾、家具、日用品など、居住空間を構成するあらゆる要素を造形芸術ととらえ、それらの共鳴によって日常をより豊かなものにすることを提案したのです。
日常生活と芸術の融合というコンセプトは、19世紀イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動から強く影響を受けています。バウハウスの理念は、あらゆる芸術分野の境界をなくし、芸術と工芸を統合した造形教育を行うというものでした。
▲「バウハウスのエスプリ」展金属工房の展示風景
Les Arts Décoratifs, exposition 《L’esprit du Bauhaus》, 2016-photographie : Luc Boegly
バウハウスを構成していたのは画家や建築家をはじめとした、異なる分野のアーティストです。表現主義者、構成主義者、神秘主義者、合理主義者、さらには社会主義者、ノンポリ層など、さまざまな考えを持つ人々でした。こうしたそれぞれの主張が飛び交う緊張感の中でバウハウスは独自に進化をします。独断的な組織とは程遠く、異なる視点を持った人々が集まり共存した点が、このコミュニティの強みであり、豊かな表現を育てる原点となりました。バウハウスが自由、革新、創造のエスプリを養えたのは、各々が非両立の関係を超越したからこそでしょう。
2つの世界大戦の狭間という経済や社会の不安が付きまとう特異な環境のもと、バウハウスは新しいデザイン、モダンな空間を創造するという野心を燃やしました。1925年にはデッサウに移転し、グロピウス自らが設計したモダニズム建築がバウハウスの新しい発信地となります。しかしその後ナチズムの圧迫により、ベルリンへの移転を余儀なくされ、最終的に自主解散という形で1933年に閉校となりました。14年という短い歴史にもかかわらず、近代デザイン史に残した功績は大きく、バウハウスは20世紀のモダニズムの象徴的な存在となります。バウハウスは造形の教育機関という概念を超え、20世紀のモダニズムの哲学と美意識を象徴するムーブメント、またモダンデザインのひとつの様式としても高く評価されています。
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バウハウスのユニークな教育方針をご紹介します。>>
Update : 2017.1.5 文・写真 : 増田葉子(Yoko Masuda)
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