2011.4.1(金)

「グランヴィル 19世紀フランス幻想版画展」。
練馬区立美術館でその諷刺画のエスプリに触れました。

地下鉄西武池袋線「中村橋」駅を降りてすぐの場所に位置する練馬区立美術館。図書館や小学校など公共の文教施設が立ち並ぶ、とても静かな環境の中でひときわ目をひく大きな美術館です。
現在ここでは「グランヴィル 19世紀フランス幻想版画展」を観覧しました(4月10日(日)まで:会期日程や開館時間は美術館のHPでご確認ください)。

学芸員の小野寛子さんにご案内いただいて、なかなか見る機会のない貴重なグランヴィルコレクションを拝見しました。
今回の展示作品は全て鹿島茂氏のコレクションで、グランヴィル(Granville)の個展は本邦初だそうです。鹿島氏は自身を「グランヴィル狂」と称すほど傾倒されているとはお聞きしていましたが、今回のコレクションを見て得心しました。「これを鹿島氏はお家のどこに保管しているのでしょう」と真っ先に質問してしまったほど、今回の展示点数には圧倒されます。
グランヴィル(ジャン=イニャス=イジドール・ジェラール Jean-Ignace-Isidore Gérard)は1803年、フランスのナンシー生まれの諷刺画家です。「グランヴィル」とは喜劇俳優の祖父の芸名からとったもの。1825年にパリに出てからは舞台衣装のデザイン制作などを経て、諷刺画・挿絵の世界へ情熱を傾けるようになります。

《グランヴィルの肖像》『レ・ゼトワール』より。1849年

そして1830年代にはカリカチュアの代名詞にもなっていると言っても過言ではない、「ラ・カリカチュール」誌に政治諷刺画を描き政治諷刺の世界で活躍。しかし、フランスで1835年に施行された政治諷刺画に対する検閲法が施行されると、発表することができなくなり、挿絵の世界へと移っていくのです。この法律による取り締まりで、彼の諷刺画が政治への強いメッセージ性を持っていたために、彼は方向性を変えるしかなかったのではないかと言われています。
今回の展覧会では、諷刺画という独特の世界のメッセージを読み解く楽しさは勿論のこと、そういった時代背景によるグランヴィルの作品の変遷も年代順に楽しむことができます。

まず1階の展示室に入ると最初に『歳相応の楽しみ』というタイトルが目を引くシリーズが展示されています。これは1827年に10枚組で発行されたもの。パリ市民の社会階層と年齢別にそれぞれの「楽しみ」を描いたものです。
「若者の楽しみ」とは何を表現しているかわかりますでしょうか。これは、両親の留守の間に恋人と家で会っていた娘が、両親が帰って来たことで慌てている様子です。それを見てメイドが窓から逃げなさい、と促しています。服装から見ると上流階級の家庭であることがわかります。

《若者の楽しみ 16歳から20歳まで》

このシリーズは「25歳から30歳まで」「50歳から55歳まで」の作品へと続きますが、この2つの年代の楽しみは何なのか、会場で実際にご覧ください。何とも気になるタイトルです。
そして次は「現代版変身譚」の展示です。これはグランヴィルの真骨頂とも言える動物戯画のスタートとも言える作品。王政復古末期の社会風俗を動物の姿を借りて表現しているものです。あらゆる階層の人間が動物の姿で表現されています。豚は強欲、牡牛は大食漢、好色、猫は女性性、といった表現がされていることにより、図像的にストーリーの解釈ができるのです。しかし今回は小野さんがそういった解説をしてくださったので理解できたのですが、当時はそういったことを人々が理解して楽しんでいたのか疑問に思い質問してみたところ、やはりきちんとテキストがついて販売されていたそうです。しかも当時は文盲率が極めて高かった時代、階級が低い庶民は文字が読めませんでした。こういった諷刺画は、文字が読める、ある程度以上の知識階級によるブルジョワ的な楽しみだったようです。
《お天道さまの嫌いな人々》を見てください。「お天道さま」とは「啓蒙」、「こうもり・ふくろう」は「貴族」を現しています。太陽が嫌いな夜行性のこうもりたち、つまり啓蒙の光を嫌い、光に照らされて自分たちの見られたくない行いが「日の目を見てしまう」ことを嫌う貴族たちを皮肉っています。

《お天道さまの嫌いな人々》

そして展示は2階へと続きます。2階では彼が諷刺画画家としての地位を確立した「ラ・カリカチュール」に描いた展示を見ることができます。1830年に創刊され、グランヴィルや諷刺画家で有名なドーミエ(Honoré Daumier)の諷刺画を掲載し、5年間にわたって七月王政そして支配階級と思想における激闘を繰り広げた週刊新聞でした。《自由狩り》ではまさに「自由 LIBERTÉ」が支配階級によって弾圧されているさまを表現しています。

《自由狩り》

そうこうしているうちに諷刺画を取り締まる法律の施行により、グランヴィルは次第に挿絵画家へと転向していき、『ラ・フォンテーヌの寓話』、『ガリヴァー旅行記』といった著名な読み物に挿絵を描くようになります。

『ガリヴァー旅行記』1838年

こうして書籍への挿絵画家として経験を積んだグランヴィルは、19世紀挿絵本の最高傑作と言われる『動物たちの私生活・公生活情景』にたどり着きます。これは1840年から2年間にわたって発行され、大好評を博したと言われているもの。頭部が動物、身体が人間という彼独特の表現スタイルで描かれています。彼はこのシリーズにおいて「画家の優位性」にこだわり続け、テキストに絵を提供する、ということは一切しなかったとか。発行元のエッツェル&ポーラン社のエッツェル氏(Pierres-Jules Hetzel)がグランヴィルの創造性を引き出すために、表題と内容を大まかに指示して描かせ、それに後からテキストを添える手法を考え、バルザック(Honoré de Balzac)などがテキストを添えたそうです。

《私、マフをいただきましたの。》
《それではさようなら。わが友である読者諸君、家に帰って、檻に入り、しっかり扉を閉めて、おやすみなさい。よい夢を見て、ではまた明日!》

このシリーズでは原書には彩色されていません。予約購読者が独自に手彩色師に依頼して彩色させたのだそうです。面白いですね。書籍、印刷がとても大切にされていた時代だったのではないかと思います。手に取った読者が大切にこの本を眺めている様子が心に浮かびました。

またこの時代の装丁手法「カルトナージュcartenage」(フランス語で厚紙工作という意味)による書籍のカバーを見る機会でもあります。手の込んだ豪華なカバーにはため息が出ます。

そして最後の展示室は「グランヴィルに似せて描いた挿絵」の展示室です。「比較できたほうが面白い」ということで鹿島氏がこの展覧会のために提供されたそうです。

最後の展示室の作品(一部)はグランヴィルの作品ではありませんのでお間違いなく!

会場でもじっくりと「読み解き」ながら作品を楽しんでいるお客様をたくさん見かけました。フランスの「エスプリ」が満載の展覧会です。

 
学芸員 小野寛子さんからのコメント
「鹿島茂氏の豊富なコレクションより、本邦初のグランヴィル展を開催しています。グランヴィルの政治・社会・人々に向けられた鋭い観察眼、独自の創造物や幻想世界は、我々の心に刺さる「何か」を投げかけてくるでしょう。その短い画業を追いながら、作品と対峙頂き、それぞれのメッセージを受け取って頂けたら幸いです。尚、練馬区立美術館では定期的に鹿島氏の古書コレクションから、19世紀または20世紀のフランスの挿絵をご紹介する予定です(詳細未定)。どうぞご期待ください。」
 

[FIN]

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