2012.4.18(水)取材

その魅力が今なお多くの人を惹きつけてやまない
東京都写真美術館「生誕100年記念写真展 ロベール・ドアノー」。

約200点の作品をゆったりと鑑賞できる展示会場。平日でもたくさんの人が訪れていました。

ロベール・ドアノー(Robert Doisneau, 1912-1994)生誕100年の今年、パリ市庁舎でもその作品展が現在開催されており、連日2,000人が入場待ちの列を作っていると聞きます。東京・恵比寿にある東京都写真美術館でも「生誕100年記念写真展 ロベール・ドアノー」が開催されています(5月13日まで)。取材に訪れたこの日は平日であるにもかかわらず、多くの来館者でにぎわっており、ドアノー人気を改めて感じました。今回の展覧会は1920年代の初期の作品から始まり、第二次世界大戦中に自らがレジスタンスとして活動していた頃の記録、また各界の著名人のポートレート、などから構成され、ドアノーの人生を彼の作品とともに追うことができる流れになっています。最後にはドアノーの作品としては珍しいカラーの作品も展示され、ドアノーの魅力を約200点の作品によって俯瞰して見ることができる展示となっています。ドアノーの魅力に関して、また今回の展覧会のみどころに関して、企画担当の佐藤正子(さとうまさこ)さんに伺いました。
「今回の展覧会会場のデザインは、ポンピドー・センターでのデザイン担当で展覧会や、2008年にパリ市庁舎で開催された展覧会以来、仏国以外のドアノーの展覧会場を多数手がけているローランス・フォンテーヌが担当しました。彼女もドアノーの作品の大ファンだからこその情熱でデザインしてくれたのです。」とのこと。「できるだけパネルで読ませるような展示は避けたかった。」という佐藤さんの言葉の通りに、ドアノーのメッセージが直接壁面にデザインされています。 ドアノーはもともと石版工として働き始め、途中でカメラを手にします。展覧会は初めてカメラを手にして写真を撮り始めた頃の作品から始まります。とても人見知りで内気だった彼は、ローライ・フレックスというこのカメラのスタイルは被写体を直接見なくても撮影できるのでとても気に入っていたそうです。被写体を見つめることさえ苦手だったという話にドアノーの優しい性格が読み取れます。

〈初めて買ったローライ・フレックスで撮ったセルフポートレート〉1932年
〈パリ市庁舎前のキス〉1950年
「私がモデルです」という女性が何人も現れたとか

ドアノーはパリ郊外のジャンティイという町に生まれ、母を小さい頃になくし、あまり恵まれているとは言えない子供時代をすごし、13歳で見習いとして働き始めます。決してその子供時代は幸福だったとは言えないにもかかわらず、彼の写真にそのような暗い影は微塵もない点が最大の特徴なのではないかいうくらい、どの作品を見ても、じっくりその背景や物語を考えたくなるような、奥行きのあるヒューマニズムに富んだ作品ばかりです。「彼は人生の暗い部分を作品に求めませんでした。私たちが見逃してしまうような日常にある小さな幸福を常に追い求めた写真家でした。」と佐藤さん。「ドアノーは故郷ジャンティイを始めとするパリ郊外を撮り続けました。これらの作品は日本で展示される機会が少なかったので、今回の展覧会では是非見ていただきたい。」とのことです。パリ郊外の作品をよく見ていくと、もはや現在では見ることのない、「郊外の山が切り出され、所得があまり多くない外国人たちの集合住宅が建ち始めている」この時代の典型的な郊外の様子や、石炭を拾っている子供たちの様子など、歴史の証言者としてもとても貴重な作品が並びます。

〈炭拾いをする子供たち〉1945年
〈小さなテラス、アルキュイユ〉1945年

石版工として抗独地下活動に参加している時の作品も決して気が滅入ってしまうような暗さがなく温かい気持ちさえ感じさせてくれます。ドアノーは自らのポリシーによって政治活動をするために地下活動をしていたわけではなく、石版工と写真の技術を持っていたのでユダヤ人のための偽造パスポートなどを依頼され、レジスタンス活動に協力するようになりました。「しなやかな精神」とでも表現すればいいのでしょうか。そのしなやかな思想で、さまざまな時代の出来事を自分の生活の中に受け入れて、写真にも収めていったのでしょう。
しかしどうしても「華やかな世界」は苦手だったようです。その報酬の高さのために2年間ヴォーグ・フランス誌のカメラマンとして契約を結びますが、スタジオの中に閉じこもる撮影、有名人たちとの付き合いが何より精神的苦痛となりストレスを溜め込みます。そのストレスを発散させるために夜な夜なバーやカフェに出向き、そこで文化人たちと知り合いになり、それが創作活動の源になっていったそうです。2年後の契約解除は「喜んで受けた」という逸話が残っています。

〈美術品と警官〉1948年
ショーウィンドーの中の女性の写真を見つける警官
〈レインコート〉1949年
ヴォーグ・フランス誌のために撮影
後半はカラーの作品が多く並びます
〈パリ祭、ナント通り〉1955年
DATAR(国土整備庁)の任務によるシリーズより
郊外の無秩序な開発の風景を記録する目的です。1984年

約200点のどの作品もそれぞれがドアノーの魅力を存分に表現している展覧会です。若い来館者の方たちが一つの作品の前で立ち止まって熱心に見つめている姿を多く見受けました。「見ている方がそれぞれ作品の中にストーリーを作ることができるのが写真の最大の魅力だと思います」という佐藤さんの言葉が示すように、来館された方がそれぞれに自分なりのストーリーを作って作品と向き合っているようでした。

ポートレートのシリーズより
〈ジャン・コクトーと付き人〉1956年
〈ル・ヴェジネのモーリス・ユトリロ〉1946年
〈パブロ・ピカソの運命線、ヴァロリス〉1952年
〈チェスをするレイモン・サヴィニャック〉1956年
 
展覧会企画:佐藤正子さんからのコメント
ロベール・ドアノーの名前を知らなくても、「パリ市庁舎前のキス」の写真をどこかで見たことがあるという方も多いのではないかと思われます。皮肉にも、このイメージがあまりにも有名になり過ぎたため、生涯で45万点という膨大な数のネガを残したドアノーの写真家としての正当な評価が、その影に隠されてきました。生誕100年に当たる2012年を機に、特に日本ではあまり紹介されることのなかった写真家ロベール・ドアノーの業績を辿ろうとしたのが今回の展覧会です。ドアノーの作品を管理保管するアトリエ・ロベール・ドアノーの協力を得て、精選された未公開作品を含む90点の写真作品により、「日常の中に潜む小さな幸せの瞬間」を集め続けた「イメージの釣り人」ドアノーの人間像に迫ります。
 
 
東京都写真美術館
http://www.syabi.com/
 

[FIN]

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