2014.6月 取材

箱根の自然の中に燦然と輝くルネ・ラリックの世界。
箱根ラリック美術館。

年間を通して大勢の観光客でにぎわう箱根の地に立つ箱根ラリック美術館は、創設者である簱功泰(はた かずやす)氏のコレクションがその礎となっています。パリの蚤の市でルネ・ラリックのカーマスコットを購入したことでその作品の魅力に夢中になったことがコレクションの始まりで、現在ルネ・ラリックの作品1,500点を所蔵しています。
アール・ヌーヴォーとアール・デコという、芸術における二つの時代で活躍した、ガラス工芸作家ルネ・ラリック(René Lalique、1860-1945)。現在箱根ラリック美術館では彼の作品と金唐紙(きんからかみ)をテーマにした「花咲く ラリックと金唐紙」展(12月7日(日)まで)が開催されています。
そこで今回は同美術館学芸員の大塚梓(おおつか あずさ)さんに館内をご案内いただきながら、ルネ・ラリックの作品の魅力と今回の企画展のテーマでもある金唐紙との関係などについてお話をうかがいます。

四季折々の豊かな箱根の自然を取り入れた美術館。
この美術館の創設者・簱氏のコレクションであるクラシックカー。2台ともルネ・ラリックのカーマスコットが付けられています。箱根ラリック美術館の誕生のきっかけでもある作品たちです。
美術館の入り口で見上げると、そこにもルネ・ラリックの作品が展示されています。入ってすぐの天井にも彼の作品であるシャンデリアがあるなど、そこかしこに作品があるのでお見逃しないように。

まずは常設展示室をご案内いただきながら、ルネ・ラリックの作品の魅力をお聞きします。
「ルネ・ラリックは最初、ジュエリーの作家として活動を始めました。彼の作品の特徴は何と言っても常識にとらわれない新しいジュエリーを生み出したことです。それまでのジュエリーには主に高価な宝石が使用されており、その金銭的な価値でそのジュエリーの価値が決まるようなものでした。しかし、ラリックはガラスや七宝などの多彩な素材を使ってそれまで誰も見たことがないようなジュエリーを生み出したのです。女性用の髪飾りに獣角などを使用したことも特徴です。女優のサラ・ベルナールのように、時代の先端をいっていた女性も好んで彼にジュエリーを依頼していました」と大塚さん。

ジュエリーの展示室。
獣角を使用した女性用の櫛。
《ドラゴン》1898-1900年ごろ
サラ・ベルナールにまつわる作品も展示。

そしてルネ・ラリックはコティ社の香水のボトルの制作がきっかけでジュエリー作家から、ガラス工芸作家へと移行していきます。「最初ルネ・ラリックはコティ社からボトルのラベルのみの依頼を受けたのですが、ぜひボトル全体のデザインをやらせて欲しいと頼み込み、見事なボトルを作り上げました。それを見て他の香水メーカーもこぞって彼にデザインの依頼をしたのです。ちょうどその前に人工香料が発見され、大量に香水が製造できるようになった、という時代の流れにうまくルネ・ラリックは乗りました。彼のもう一つの特徴は“時代の流れをつかむことが上手で、古いものに固執せず、新しいことに果敢に挑戦する”ことでもあります」と大塚さん。香水瓶の展示室を見ると、ルネ・ラリックがいかに香水瓶の制作に意欲的に取り組んでいたかがよく分かります。どれも夢見るように美しい香水瓶ばかりでため息が出るほどです。

香水瓶の展示室。
コティ社から受注した初期の香水瓶。中に当時の香水がいまだに残っています。
ジャポニスムの影響が強く感じられる香水瓶《三羽のツバメ》1920年

そして2階の企画展示室へ向かいます。それでは今回のテーマである金唐紙の歴史に触れてみます。まずその起源となるものは、17世紀半ばにヨーロッパの宮殿や寺院などの壁かけや家具として使われていた装飾革が日本に渡ってきたもの。革に型押しや彩色が施された大変豪華なこの装飾革は「金唐革」と呼ばれました。

金唐紙を作るための版木。
版木の型からはずした金唐紙(スズ箔の面)。
オランダで製造されていた豪華な「金唐革」の屏風。
金唐紙の製造方法がヨーロッパの文献にも記録されています。

そのうちに日本では金唐革を小分けにしてタバコ入れに仕立てたものが人気になりましたが、当時流行していた寺社仏閣参りの際に、動物の皮は不浄なものとされ持ち込むことができなかったために、革の代わりに和紙で革の質感を再現した擬革紙のタバコ入れが作られます。この擬革紙が発展したものが金唐紙なのです。伊勢神宮のお膝元にある「三忠(さんちゅう)」という店は、1900年のパリ万国博覧会で金賞を受賞しています。

三忠が受賞した金メダルから型を起こした複製の額装(当時のもの)。紙で作られているとは思えないほどの革の質感のタバコ入れ。

このように金唐紙は1900年のパリ万博で注目を浴び、かたやルネ・ラリックもこのパリ万博への出展で一躍注目を浴びるようになります。「双方が出会ったという記録はありませんが、会場では間違いなくどちらも話題になっていたはずですので、お互いを認識していたのではないでしょうか」と大塚さん。
金唐紙の製法は、まず和紙にスズ箔を重ねたものを版木にあて、裏面からハケで叩いて文様を浮かび上がらせます。その後、スズ箔の面にワニスを塗って金の色味を出し、その上に彩色を施すのです。時代の変化とともにその技術が失われていましたが、国選定保存技術保持者である上田尚氏の手により1985年にその技術が再現され、日本各地の重要な建造物の内装の修復が進められてきました。「二人の作品にはとても共通点があります。先ほども申し上げたように、ルネ・ラリックはガラス工芸品を量産することで、より多くの人たちの手に渡ることを望んでいました。かたや金唐紙も壁紙という形で芸術を一般の人たちの生活に取り入れ、生活をより豊かにすることを目的としていたのです。今回の展示の双方の共通点は“同時代”、“アール・ヌーヴォーのデザイン”ということだけではなく、こういった人々の暮らしと芸術に対する考え方が同じであるということです。ルネ・ラリックは常に『芸術家が美しいものを見つけたら、それをできるだけ多くの人に楽しんでもらうことを追求しなければならない』と言っていました。ぜひ今回の展示では双方のさまざまな共有点を見つけて堪能していただきたいと思います」という大塚さんの言葉はまさに今回の展示のコンセプトそのものです。

ルネ・ラリックの作品と金唐紙が奏でるハーモニー。モチーフも色味も見事に調和しています。
旧岩崎邸で使用されていた金唐紙で作られた屏風。
ラリックと金唐紙の饗宴「四季の間」。左からそれぞれ秋、夏、春、冬のモチーフの作品です。秋はバッタ。

箱根ラリック美術館では、展示室を出てからもお楽しみがいろいろあります。まず「Le Train」。ここではお茶とスイーツを楽しむことができますが、何とこれは実際に2001年まで走っていたオリエント急行の本物の車両をヨーロッパから持ち込んだものです。内装にルネ・ラリックのガラスの作品《彫像と葡萄》が1車両に159枚も使われています(現在パリでは「オリエント急行展」が開催されています。MMMのサイトでは今月この展覧会を特集しています)。
この作品もそうですが、たくさんのルネ・ラリックの作品に「ぶどう」がモチーフとして登場します。これは、彼がシャンパーニュ地方、しかもグラン・クリュ(特級)の畑を持つアイ村の出身だからとも考えられます。彼の生まれ故郷アイ村のシャンパンは美術館に併設しているフレンチレストランLYSで味わうことができます。ルネ・ラリックが飲んだであろうシャンパンを味わいながら、箱根の自然に囲まれて1日たっぷり時間をかけてルネ・ラリックの世界を堪能できる箱根ラリック美術館。
MMMでは7月28日(月)まで「箱根ラリック美術館」を館内で特集しています。箱根ラリック美術館の前売り入場券も販売しております。今年の夏、ラリックに会いに箱根に出かけてみませんか。

 

学芸員・大塚梓さんからのコメント
箱根ラリック美術館は、「自然」をお客様に味わっていただくことをコンセプトの一つに掲げています。館内では、装飾工芸家ルネ・ラリックの数々の作品を通して感じていただけますし、美術館の外では、ラリックの愛した自然の草花、木々や昆虫などを、目の前に広がる実際の箱根の風景の中に見つけることもできます。ぶどうの木々の並ぶシャンパーニュ地方で幼い頃を過ごしたラリックにとって、自然は生涯の大きなテーマだったのです。
ぜひ、この美術館で、ジュエリーからガラスにわたるラリックのさまざまな作品を楽しみ、吹き抜ける風や移り変わる陽の光を感じながら、ゆったりとした時間を過ごしていただければと思います。

箱根ラリック美術館
■開館時間:午前9時から午後5時まで(入館は4時半まで)
■休館日:年中無休(展示替のため臨時休館あり)
■所在地:〒250-0631 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原186番1
■TEL:0460-84-2255

詳細はこちらからご覧ください。
http://www.lalique-museum.com/

 

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