2011.6.1(水)

日本橋「ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション」。
都心の喧騒をひととき忘れて銅版画の世界に引き込まれます。

日本橋の喧騒から少し入った通りにある美術館。この日はあいにくの雨模様でしたがそれもまったしっとりと魅力のある建物です。「浜口」をシンボライズした「h」のフラッグが目印です。

美術館名にもあるようにここはヤマサ醤油にゆかりのある美術館です。現在放映中のテレビドラマ「JIN−仁−」の中でも、事業の傍ら医療に力を貸す当主のお話が登場しますが、そんなこともあってか、やはりこの美術館を訪れるお客様でもそのことについて聞かれる方が多いようです(お話はフィクションです)。浜口陽三(はまぐちようぞう 1909−2000)はヤマサ醤油10代目社長の三男として生まれ東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)を中退後パリに渡ります。今日は学芸員の新田紗子さんに館内を案内していただきながら、浜口陽三の作品とパリでの生活、そして夫人で同じく銅版画家の南桂子(みなみけいこ)さんについてうかがいます。

木のぬくもりが温かいこの美術館は、昔のヤマサ醤油の以前の倉庫を改装してできたもの。もともとの素材を活かしながら、建築家・エドワード鈴木氏の斬新なアイディアで美術館として生き返らせたそうです。入り口のスロープなどは倉庫の時代の名残を感じます。
(※版画と写真、どちらも非常にデリケートな作品であり、館内の照明はかなり落としてありますので、写真も少し暗めですがご了承ください。)

訪れた日、「浜口陽三銅版画展 ジャーナリスト・阿部徹雄が撮った浜口陽三1958年パリ」と題して、浜口が作品に向う貴重な制作風景を撮影した、阿部徹雄氏の写真を展示中でした(7月31日まで)。阿部氏のご子息のご協力により今回特別に提供された写真の数々は浜口陽三が精魂こめて銅版画の原版を彫っている貴重な表情を捉えたものなど、非常に興味深いものばかりです。

彫版の作業をする浜中陽三(左)

浜口陽三は日本において長谷川潔らと並び、銅版画家としてその名前を広く知られていますが、特に「メゾチント」技法を更に発展させた「カラーメゾチント」の巨匠として世界的に有名になりました。メゾチントとは銅版の版全体に無数の点を刻み、そのささくれなども含む細かい凹凸を削ったりならしたりしすることでインクの詰まる量が調節され、絵柄の精密な色調を表現することができる技法です。カラーメゾチントは四版を刷り合わせることで一つの作品を作ります。この美術館では浜口陽三のメゾチント技法による作品を多数楽しむことができます。その代表的作品とも言える<14のさくらんぼ>※1。深い赤と黒の対比が強い印象を与える作品です。また、パリ滞在中の作品である<パリの屋根>。どの作品についても言えることですが、絵画なのでは?と錯覚するような作品ばかり。細かい部分まで彫版を行い、四版を刷る手間というのはいかばかりものだったのか・・・。根気と作品に対する執念のようなものを感じずにはいられない作品ばかりです。
※1「14のさくらんぼ」について今回の展示では出品されておりません。

<スペイン風油入れ>1954 メゾチント
パリのカフェで出会った画商が、この作品によって浜口の実力を認めたという記念すべき出世作。
<パリの屋根>1957 カラーメゾチント この作品の微細な部分は是非美術館を訪れてご覧ください。

会場にはカラーメゾチントの工程が理解できるようにと、浜口陽三の作品に使用された版画の四版が展示されています。黄版、赤版、青版、黒版を眺めていると、細かい彫りによって構成されている、その世界に少し近づけたような気持ちになります。

四版の展示・説明は銅版画の工程を理解するうえでとても手助けになります。さまざまな作品の原版が展示してありますので、ゆっくりと眺めてみてください。

会場には浜口陽三が実際に使用していた道具類、プレス機の展示もされています。銅版画にはこうしたさまざまな道具が必要なためになかなか挑戦できない、という方も多いかと思いますが、この美術館では初心者でも版画に気軽に挑戦できるようにと、定期的にメゾチントの体験教室を開催しています。是非一度挑戦してみてはいかがでしょうか。

メゾチントはベルソーという道具(写真左の下)で銅版に細かな点を刻んでいきます。プレス機(写真右)はサンフランシスコ時代に試し刷りに使っていたものです。

また、会場には夫人で銅版画家の南桂子(1911-2004)の作品も展示されています。夫人は2004年に他界されましたが、陽三とともにパリ、そしてサンフランシスコでの創作活動をともにし、多くの作品を残しています。
陽三・桂子の作品を見ていて感じたことは、気持ちが重く暗くなるようなテーマの作品が一つもないことです。どれを取っても、穏やかな感激を感じることができる作品である、ということがこの美術館が持つ穏やかな空気を生み出している理由かもしれません。

南桂子の作品。鳥や少女、木などをモチーフにした作品を多く作りました。
<みどり色の木>1975 エッチング、サンドペーパー
<2人の少女と花>1967 エッチング、ソフトグランドエッチング、サンドペーパー

この美術館は1階の入り口の部分がカフェになっています。静かで自然光が入るこのカフェには、コーヒーを飲みにいらっしゃる常連の会社員の方もいるそうです。私は「マーブル醤油アイス」を、深煎りコーヒーとともに大変おいしくいただきました。

都心で静かにアートに触れられるこの美術館。大人が楽しめる美術館です。

 
学芸員 新田紗子さんからのコメント〜館の紹介〜
「当館は1998年に開館し、現在はコレクションを基本とした年4回の展示のうち、2回は浜口陽三展、1回は南桂子展、1回は企画展を開催しています。
展示の内容にそって講演会や実演、ワークショップを開催するなど、当館ならではのイベントを企画することで、リピーターの方も、初めて来る方も、心に残る特別な時間を過ごせる美術館を目指しています。
2011年は南桂子の生誕100年にあたることから、銅版画10点を常設(作品は入替)します。浜口陽三の濃厚なメゾチント作品と、南桂子の淡い色合のエッチング作品、同じ銅版画でもまったく違う作風を見比べてみるのも楽しみのひとつです。」
 
 
ミュゼ 浜口陽三・ヤマサコレクション
http://www.yamasa.com/musee/
 

[FIN]

ページトップへ

このページについて

MMMスタッフが注目する日本のアート・イベントをレポート!日本で楽しめるアートスポットやフレッシュな情報をお届けしています!

過去の記事を読む

2016年の記事
2015年の記事
2014年の記事
2013年の記事
2012年の記事
2011年の記事
2010年の記事
トップページへ