2010.7.12(月)
「絵画」としての写真、フェリックス・ティオリエ展
-いま蘇る19世紀末ピクトリアリズムの写真家-
駅に隣接または直結したアクセスの便利な美術館は行きやすく、天候が悪い時でも利用しやすく人気ですが、世田谷美術館の魅力のひとつと思うのは、最寄の駅から離れているところです。
用賀駅から徒歩約20分のところに位置する世田谷美術館へ向かうには、「用賀プロムナード」から行くルートをお勧めします。(用賀プロムナードのマップは世田谷美術館の公式HPでご覧いただけます。)駅の広場を抜け、桜やもみじの樹木が並び、水路が流れる散歩道を通り、環状八号線を渡ると、そのまま砧公園へと進みます。公園の散策を楽しみながら歩いていくと、公園の青々と茂る樹木の間に美術館が顔を覗かせているのが見えてきます。



今回スタッフTが注目した展覧会は近年になって脚光を浴びるようになった19世紀後半のフランス人写真家、フェリックス・ティオリエ(Félix Thiollier 1842-1914)の回顧展です。
1842年、フェリックス・ティオリエはフランスのロワール地方サン=テティエンヌの町に生まれます。父親の跡を継いだリボン製造業で成功を収めると、37歳で仕事から身を退き、それからの人生を、写真を撮ることに費やします。

ゼラチン・シルバー・プリント
1880〜1910年頃(ジュリアン=ラフェリエール家所蔵)
生涯において、ティオリエは作品を公表することも売りに出すこともしなかったために、亡き後もその写真は仕舞われたまま、人目に触れずにいました。それから約60年の時を経て、ティオリエの作品に魅せられた子孫のひとりベルトラン・ジュリアン=ラフェリレールによって1980年代にティオリエの作品群が日の光に当たることになったのです。
展覧会はサン=テティエンヌ近代美術館 (Musée d'Art Moderne de Saint-Étienne Métropole)の所蔵作品を含む約180点を6つの章で区分し、ヴィンテージ・プリント、最初期のカラー写真(オートクローム)、写真家が実際に使用したカメラ、著書や書簡などを通して、ピクトリアリズムや自然主義を代表するティオリエ作品の全貌を紹介します。

ティオリエが撮る写真は家族の記念写真、1900年パリ万国博覧会の建設現場、ポストカードのようなパリの街並み、牧歌的な風景、鉱物の採掘が盛んだったサン=テティエンヌの鉱山や労働者の様子…日常のなかで出会った景色だけではなく、絵画的な風景、珍しい構図やあまり写真には写さないような風景など、実に変化に富んでいます。
それは、ティオリエが自分の楽しみとしてだけ、あくまで趣味として、写真を撮り続けた写真家だったからです。

1880〜1910年頃(ジュリアン=ラフェリエール家所蔵)
現在でも人気なパリの観光名所のひとつ。

絵を描くことには才能や技量が必要とされますが、ティオリエは写真をキャンバスに置き換え、写真を撮ることをまるで絵画を描く行為として考えていたのではないかと、世田谷美術館学芸員の高橋直裕さんは推測しています。

数々の作品の中でも、とくに注目していただきたいのが第5章「ティオリエが愛したフランス」です。
ティオリエの作風を如実に表しているこの章では、写真一枚一枚の構図の美しさと、絵画の「模倣」としての写真が表現されている点が、見どころとなっています。ここに「ティオリエが生涯写真を撮り続けたわけの証明」がある、と高橋さんは話します。「それは、ティオリエは、写真を撮るために写真を撮ったのではなく、絵画を撮りたくて写真を撮り続けた」ということなのです。

1880〜1910年頃(ジュリアン=ラフェリエール家所蔵)
空と水が映し鏡のように現され、自然の神秘感が漂う一枚。

1880〜1910年頃(ジュリアン=ラフェリエール家所蔵)
空に浮かぶ雲が樹木を覆うように重なって、まるで樹木に葉が茂っているように見える叙情的な作品。
ティオリエは写真を人目に触れさせることはしなかったのですが、時には映写機を用いて家族に作品を披露していたと言われています。

会場を出ると、緑の中の復路を歩きながら、ふと同じ場所にティオリエがいたらと空想します。こんな時、写真家の眼差しは風景をどのように捉え、どのように写真におさめただろうか。
心地よい余韻に浸りながら美術館を後にしました。

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