2013.2月 取材

「訪れたい美術館」で
常に名前のあがる大原美術館(倉敷市)。
美術にかける二人の男の熱いドラマがありました。

岡山県倉敷市。倉敷を訪れる方は必ずここに立ち寄る、倉敷美観地区。そこに足を踏み入れるとすぐに大原美術館があります。2012年某大手旅行代理店が行ったアンケートによると「訪れたことがある国内の美術館」で第1位、他の某サイトの調査でも「好きな美術館」の第1位だったのが大原美術館でした。日本人にとって、「訪れたことがある、または訪れたい」どちらでも常に必ず上位にあるのがこの美術館であるといえます。その魅力を広報の藤田文香(ふじたあやか)さんにご紹介いただきながら探っていきます。
大原美術館は、倉敷を基盤に幅広く活躍した事業家大原孫三郎が、画家児島虎次郎を記念して、虎次郎が没した翌年の昭和5年に設立した、日本初の西洋美術を中心とした私立美術館です。日本美術のコレクターでもあった孫三郎は、親しい友人の画家・虎次郎の才能と美術に対する情熱に惚れ込み、自らの資金力を以って虎次郎を三度にわたって渡欧させました。虎次郎は、そこで自らの作品制作に励むかたわら、ヨーロッパの美術作品を選び取るという作業に熱中します。彼は、エル・グレコ、ゴーギャン、モネ、マティス等、今も大原美術館の中核をなす作品を丁寧に収集し、倉敷にもたらしたのです。

倉敷美観地区の様子。渡って越冬をせず一年中この川にいるという白鳥がツガイで泳いでいました。

さて、まずは本館から見学を始めましょう。
ギリシャ神殿風の本館入り口ではオーギュスト・ロダン(Auguste RODIN, 1840-1917フランス)による作品が出迎えてくれます。大原美術館のシンボルともいえる作品で、<カレーの市民−ジャン・デール>の像を前に記念撮影する方が後を断ちません。

ギリシャ神殿風の本館入り口。像と一緒に記念撮影をする方が絶えない場所です。

本館では西洋絵画の名作を堪能することができます。入ってすぐに展示されているのはエドモン=フランソワ・アマン=ジャン(Edmond-François Aman-Jean,1858-1936フランス)による<髪>。虎次郎が最初に収集した作品です。虎次郎は自らの作品に対する意見をアマン=ジャンから聞くために足しげく通っているうちに親交を重ね、「この作品を購入することは私個人のお願いではなく、日本の芸術界のために非常に有意義なことなのです」(現代語で要約)と孫三郎へと手紙を書いているほどです。大原美術館開設への第一歩となった作品です。

左:エドモン=フランソワ・アマン=ジャン(Edomond-François Aman-Jean,1858-1936)<髪>1912年頃
油彩、画布、72.9×91.5cm
右:児島虎次郎(1881-1929)<和服を着たベルギーの少女>1911年
油彩、画布、116.0×89.0cm

1階の展示室ではアルマン・ギヨマン(Armand Guillaumin,1841-1927フランス)の<自画像>をお見逃しなく。解説パネルを読みながらみなさん思わず意味ありげな微笑みを浮べているので何かと思いましたが、解説を読んで納得しました。この作品は経済的にとても苦しかったアルマンが、宝くじに当たって思わずニンマリしている自分を描いたものと考えられるのです。宝くじに当たった彼は、その後ゆったりと制作に専念したようですが、何はともあれ宝くじを購入する際には「アルマン・ギヨマン!」と口ずさんでご利益にあずかってみてはいかがでしょうか。大原美術館ではこういったパネル解説もぜひお見逃しなくお読みください。作品の楽しみ方が格段に変わります。

アルマン・ギヨマン(Armand Guillaumin,1841-1927)
<自画像>1890-1895頃
油彩、画布

本館2階にも西洋絵画の名作がずらりと並びます。中でも一番人気があるのはモネの<睡蓮>。「なぜ日本人はモネが好きなのでしょうか」と質問してみたところ、「やはり時間による経過、季節による色の変化など、その色彩の見事な点でしょうか。これは私たちがどう真似して描こうとしても無理、というくらいの卓越した表現力といえますね」と藤田さん。モネのお孫さんが「祖父の一番のお気に入りは倉敷にある」と非公式ではあるが口にした、といわれていますが、それはつまりこの作品のことです。他の美術館の<睡蓮>を思い浮かべながらご覧になってはいかがでしょうか。

左:2階の展示室。西洋絵画の名作を柔らかな光の展示室で堪能します。
右:2階展示室でふと上を見上げるとアマン=ジャン作の大きな作品が飾られていました。これは大原家の依頼によりアマン=ジャンが制作したもので、実際に大原家に展示されていたもの。

ちなみに藤田さんの一番お好きな作品はギュスターヴ・モロー(Gustave MOREAU, 1826-1898)の<雅歌>だそうです。「このような小ぶりな作品の中にいろいろなものが凝縮している、その密度の濃さのようなものが素晴らしいですね」とのこと。
そして本館を出て工芸・東洋館もご案内いただきました。ぜひここでは芹沢_介(1895-1984)の手仕事の素晴らしさ、卓越したデザインを味わってください。芹沢_介は染色を主とした工芸家。1976年にはフランス政府より招聘され、グラン・パレ・ナショナル・ギャラリーで個展を開催、その作品は高い評価を受け、1983年フランス政府より芸術文化功労賞を受賞しています。
もともとこの展示室は米蔵だったところ。内装から外装、展示用の家具、照明デザインにいたるまでの全てを芹沢自身がデザインしています。彼自身の作品も勿論展示されていますが、ここ最近日本でも展覧会などが開催され、また注目を浴びているバーナード・リーチや濱田庄司など民芸運動を代表する作家たちの作品も、それぞれ展示室を分けて展示されています。

元米蔵が現在の工芸・東洋館となっています。芹沢_介のプロデュースによって床の木組みのデザインが違い、照明のデザインが違いますのでぜひそれをお見逃しなく。

工芸・東洋館に入ると、展示室の床のデザインや照明がそれぞれ違う楽しさ、展示ケースのデザインやその木の使い方の美しさが目に止まります。実用性の中に美しさがあることを芹沢が私たちに伝えようとしているようです。「彼は決して特別なものを使ってデザインしているわけではない」と藤田さんがおっしゃるように、館内の電灯のカバーなど、決して私たちの手に入らない材料を使ってデザインしているのではないことがよく分かります。「エスカレーターを見て思いついた」という階段の手すりなど、ちょっとしたことで生活の中にアートを取り込めるのかもしれない、と思わせるものばかりでとても楽しい気持ちになれる空間です。

白い土蔵の中が棟方志功室となっており、赤い部分が「芹沢_介室」です。
エスカレーターを見て思いついた、という階段の手すり。

この他にも児島虎次郎記念館、日本人の作品が多数展示されている分館など、展示は作品数と敷地の広大さも相まって見ごたえ十分です。
それぞれの展示作品を全て観ると、倉敷という地で創始者の心意気を継承し、「西洋の近代から現代まで」の美術作品、「日本の近代から現代まで」の美術作品をあますことなく紹介し、その後、民芸運動にかかわった作家たちの仕事までもコレクションを広げ、ユニークな総合美術館として世界に知られるようになった、という大原美術館の成り立ちを時間軸で追っていることに気がつきます。

分館の外観。日本人作家の作品が多数展示されています。
日本人現代作家の展示スペースを上から眺めた様子。
分館に展示されている虎次郎作の屏風。春夏秋冬1枚ずつ作品があり、それぞれ大原家のお屋敷で実際に使われていたものだそうです。季節ごとに展示が替わります。

日本から一人で西洋に渡り、東洋人の魂を持つ自分が西洋と向き合い、作品を描きながらかたや日本に持ち帰る作品を選ぶというミッションを背負った虎次郎の情熱と苦悩と、それを支えた孫三郎との深い信頼関係が背景にあったからこそ実現したコレクションともいえるでしょう。
余談ですが「虎次郎は孫三郎に頭が上がらなかった、というようなことはなかったのでしょうか」と質問したところ、「虎次郎は自分の才能を選んで支援してくれた孫三郎に遠慮することも臆することもなく、対等な関係だったようです。ただし、今パリではこんなことが起こっている、といったような日本で知ることのできない海外の最新の情報をまめに孫三郎に連絡していたようで、そういった点が非常に孫三郎の信頼を得ていたようです」(藤田さん)。現代にも通じるお話ですね。
分館を出て本館に戻ろうとしてふと外を見ると、そこは現在も使われている証券会社のオフィスがありました。さすが歴史景観地区です。そのオフィスも見事に景観に沿った建物のために、「何かの美術館か、さてはお屋敷か」と見間違うほどでした。
行政によってきちんと保護されたこのような景観の中で、大原美術館にはこれからも多くの来館者が訪れ、そして「いつか訪れたい美術館」であり続けるのでしょう。1日ゆっくり時間をかけて散策と見学を楽しみたい美術館です。

分館と本館の間の日本庭園は自由に散策ができます。
美観地区ではどの裏道でも美しい景観が保たれています。
 
広報・藤田文香さんからのコメント
大原美術館は、江戸時代の面影を残す町並みの中にあります。多岐にわたる所蔵作品のみならず、倉敷の町そのものの魅力もあって、国内外から多くのお客様をお迎えしています。
所蔵作品以外にも、本館、分館、工芸・東洋館、児島虎次郎記念館と、4つそれぞれ違った様式を持つ建築にも目を向けていただければ幸いです。
また、毎週日曜13時30分から学芸員が美術館の歴史や作品などについて解説しながら館内を巡るギャラリーツアー、毎週土曜11時〜、毎週日曜13時30分〜スタッフとお話しながら作品を鑑賞する対話型鑑賞ツアーを行っています。どちらも予約不要で入館料のみでご参加いただけますので、ご来館の際にはぜひご活用ください。
(大原美術館 業務課 広報担当 藤田文香)

大原美術館の詳細はこちらから↓

http://www.ohara.or.jp
●アドレス
〒710-8575 岡山県倉敷市中央1-1-15 TEL 086-422-0005
●アクセス
電車の場合/JR山陽本線倉敷駅より 徒歩約15分
車の場合/山陽自動車道 倉敷I.C.より約20分、瀬戸中央自動車道 早島I.C.より約20分
●定休日/毎週月曜日(祝日、7月下旬〜8月、10月は無休)
●開館時間/9:00〜17:00
 

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